サステナブル行動の促進と教育的価値を提供する「ビジュアルナッジ」とは?

サステナブル行動の促進と教育的価値を提供する「ビジュアルナッジ」とは?

「ナッジ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?ナッジとは、人間の行動や意思決定に関する行動科学の研究成果を応用して、ターゲットとなる人が良い選択をしたくなるような環境づくりを行うことで、その人のより良い行動へそっと後押しする手法のことです。提唱者のリチャード・セイラー博士が2017年ノーベル経済学賞を受賞するなど、近年、世界的に注目が集まっています。今回は、ビジュアルナッジの概要と、学校の中で使われた事例について紹介します。

目次

1.ビジュアルナッジとは?

ナッジの中でも、視覚的に行動を促すナッジをビジュアルナッジと呼びます。よく知られているのは、階段全体を大きなピアノに見立てて、一つ一つの段差の部分に鍵盤のデザインを入れた例です。「健康のため、混雑緩和のために階段利用を」というポスターを貼るよりも、このような遊び心がある方が階段をのぼりたいという気持ちになりますよね。

これを環境配慮行動に応用した例としては、ロンドンで導入された投票式のタバコの吸い殻いれの例があります。「世界一の選手はロナウド?メッシ?」と書いてあったら、思わず自分のひいきの選手に投票したくなりますよね。これにより、タバコのポイ捨てが減少したそうです。

今回ご紹介するのはこのようなビジュアルナッジを省エネ分野に応用した例です。環境省クールチョイスリーダーズアワードを受賞した「思わず消しちゃうスイッチ」(宇都宮大学・糸井川高穂先生)は、照明スイッチにシールを貼ることで忘れがちな消灯行動を促すものです。そのシールとは照明のスイッチがOFFの状態ではハートがつながっていて、ONだとハートがハサミで断ち切られてしまうもの。つまり、スイッチのON/OFFに別の動機付けを持たせているわけです。省エネ行動である「スイッチを押して照明をOFFにする」という行動を促したいわけですが、ただ「消しましょう」というのではなく、「ハートをつなげる」という遊び心を喚起することで消灯行動を促進します。

思わず消しちゃう照明スイッチ
思わず消しちゃう照明スイッチ

「健康のために階段を使いましょう」「地球環境のために節電しましょう」と言った教育的な呼びかけはほとんど効果がなく、人によっては強制されたように感じ反発心を覚えて行動変容につながりにくいことが指摘されています。そこで、このシールではそういった説得的なアプローチではなく、自分から思わずやってみたくなるアプローチをとっているのです。

また、普段は何もないスイッチにこのような仕掛けがされていること自体も人の注意を引き、忘れがちな消灯行動を思い出させるリマインダーの役目を果たします。

今回は、横浜市の小学校で実施された省エネビジュアルナッジのプログラムをご紹介します。

2.学校で実施されたビジュアルナッジの事例

事例1 子どもたちの身近な先生がスイッチに!

1つ目の事例は、消灯行動を促すナッジをトイレ使用者に一定期間掲示し、その後、その手がかりを取り外した場合の省エネルギー行動の持続性を検証することにより、省エネルギー行動の習慣化に対するナッジの効果を明らかにしようとするものです。

横浜市のI小学校において、同校の男女トイレの照明スイッチそばに校長先生と副校長先生がスイッチを指さし、「あかりって、どうすればいいんだっけ?」という台詞をつけたビジュアルナッジを掲示しました。

小学校のトイレに設置されたビジュアルナッジの様子
小学校のトイレに設置されたビジュアルナッジの様子

トイレの在不在および照明のON/OFFは、人感センサ付きライトおよび照度センサで測定されています。ビジュアルナッジを掲示する前の2週間と、設置中の2週間、そして撤去後の2週間とで、子どもたちのトイレの電気の消し忘れはどのように変化するでしょうか。

全体として、ナッジの掲示前は1日1~5回程度、不在時に点灯 していることが分かりました。そしてナッジ設置中で平均20.3%、撤去後でも平均19.7%も不在時の点灯が減少したことが明らかになりました。ナッジ撤去後も、不在時の点灯回数は設置前より少ない状態が維持されたのは注目すべきことです。

児童全員が知っている校長先生と副校長先生が、スイッチを指さす姿勢をしながら子どもたちに行動の選択を語りかけるビジュアルナッジは、リマインダーとして行動促進効果が期待されることが分かりました。

事例2 ナッジワークショップを行い、子どもたち自らナッジを作る

また、横浜市の別の小学校では、6年生の子どもたちにナッジワークショップを受講してもらい、子どもたち自身でナッジを作るというプログラムを体験してもらいました。

学校での省エネに取り組んでいた6年生は、校内でのエネルギー使用行動の現状を観察して、照明の消し忘れが多い場所を把握し、啓発ポスターを作成・掲示していましたが、「環境のために電気を消しましょう」と普通に呼びかけても効果がないことに気づいていました。

その問題を解消するヒントとして、ナッジワークショップを開催し、「楽しくなければ続かない。思わずやりたくなる楽しい省エネは、どんなものだろう?」というテーマで考えてもらいました。

ワークショップ後には、これまでのアプローチ、教育的な呼びかけを超えたさまざまなアイデ アが子どもたち自身から生まれたそうです。

省エネビジュアルナッジワークショップの様子
省エネビジュアルナッジワークショップの様子

例えば、入り口から離れたところに照明スイッチがあるために消し忘れが多かった特別教室では、「スイッチの所へ行ってみて!いいことあるよ!」と書かれたカラフルなポスターを出入り口の付近に掲示し、スイッチまで楽しく誘導した上で、縦2列に並んだ6個のスイッチに「ありがとう」と書かれたシールを一枚ずつ貼ったそうです。この教室を利用する子どもたちは、ポスターを見て「スイッチに何があるんだろう?」と思いつつスイッチのところに行ってみたら、「ありがとう」と書いてあるシールを見て思わず消したくなり、また消したことに対してお礼を言われて、とても嬉しい気持ちになったのではないでしょうか。

子どもが考えた「ありがとうスイッチ」
子どもが考えた「ありがとうスイッチ」

また、豊富な太陽光が入る渡り廊下では、「晴れている日は消灯」というルールを定めたもののなかなか浸透せず、照明を消しても誰かがすぐにつけてしまうということが課題でした。これに対しても、晴れの日は消して良いというルールを太陽の絵柄で表現し、また消しても問題がないことを視覚的に比較するという一連のナッジを行ったところ、ルールが浸透していったそうです。

渡り廊下に掲示されたスイッチとポスター
渡り廊下に掲示されたスイッチとポスター

これらのビジュアルナッジは、考案した学年の生徒のみならず、全校生徒や教職員にも好影響を及ぼし、掲示から3ヶ月後にも行動が持続しているとの定性的評価が得られています。また、学校内だけでなく、中には自宅のスイッチにも同じようなシールを作成し掲示した子どももおり、家庭にも波及しています。

この事例では、ナッジをつくる過程、すなわち行動の原因と動機付けを検討して効果的な行動促進シールを考えるという過程そのものが想像力や創造力を育む教育プログラムとしても活用できること、また、自分が作ったものへの愛着が高まるIKEA効果が学校全体の省エネ行動の促進に役立ったことがポイントとして挙げられます。学校以外でもナッジワークショップを活用することで行動変容が促進できる可能性が感じられます。

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3.ビジュアルナッジに高まる期待

今回は、ビジュアルナッジを活用して省エネ行動を促進した事例をご紹介しました。比較的低コストで実施でき、自らそれぞれの状況に最適な方法を追求することで、愛着が高まったり(IKEA効果)、反発(心理的リアクタンス)の軽減が期待でき、結果として持続的な行動変容につながりやすいことがメリットです。

ナッジの提唱者の一人であるキャス・サンスティーン教授(ハーバード大学)は、人々が不安やリスクを抱えている現代においては、Fun(楽しさ、面白さ)をはじめとするポジティブな感情を引き出すことが重要だと指摘しています。もともと不便・面倒・大変などネガティブな印象のある環境配慮行動ですが、「Fun」を意識したビジュアルナッジで自発的かつ持続的な行動変容につながることが期待されます。

【参照サイト】世界のナッジ最前線
【参考文献】
糸井川高穂(2020)間接的空間的手がかりによる省エネルギー行動の誘発 小学校のトイレの照明の消灯の習慣化に関するフィールド検証. 空気調和・学術講演論文集、I-32、2020
松村真弘(2016)「仕掛学 人を動かすアイデアのつくり方」東洋経済新報社
Cass R. Sunstein (2020) Behavioral Science and Public Policy. Cambridge University Press.

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著者プロフィール

Kaori Uetake

ポリシーナッジデザイン合同会社代表。2010年横浜市役所入庁、スマートシティプロジェクトや省エネ行動促進ナッジプロジェクトに従事。2019年横浜市行動デザインチーム(YBiT)に行動科学担当として参画し、ナッジプロジェクト企画実施のほか研修講師や事業コンサルティングに従事。2021年ポリシーナッジデザイン合同会社を設立、国内外のナッジユニットや自治体、企業と連携して社会の最前線でのナッジ活用のサポートを行う。仙台市出身、2児の母。

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