持続可能な未来へ、トランジションを担うデザイナーに求められる役割とは?
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」に掲載された「持続可能な未来への移行をどうデザインする?アアルト大学・イディル教授に聞く【前編】」を転載したものです。
1972年にローマクラブが「The Limits to Growth:成長の限界」を公表してから50年。多くの人々が人間の経済活動が環境、社会へもたらす悪影響を認識し、SDGsやESG、サーキュラーエコノミーなどの概念が生まれているにもかかわらず、未だに世界のCO2排出量や資源利用量は増加し続けており、国家や地域の争いもなくならないのが現状だ。
サステナビリティ研究者の中には、もはや既存のシステムをよりよくするというアプローチでは不十分であり、全く新しいシステムへの移行が必要だと主張する人もいる。
例えば、欧州では EUが推進するグリーン成長やサーキュラーエコノミー政策に対して懐疑的な意見を持つデザイナーやリサーチャー、ポスト成長や脱成長といった新たなパラダイムを支持する若者に出会うことは決して難しくない。
このような現実を前に、私たちは気候変動から格差にいたるまであらゆる環境・社会課題が複雑に絡まり合う既存のシステムから、誰もにとって望ましい持続可能な新しいシステムへの移行をどのようにデザインすることができるのだろうか。
その根源的な問いを模索するうえで参考になるのが、2019年9月に出版された「Design for Sustainability -A Multi-level Framework from Products to Socio-technical Systems(持続可能性のためのデザイン – 製品から社会・技術システムまでの多層的なフレームワーク)」という書籍だ。
同著は、循環経済という概念の元にもなっている Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごまで)やBiomimicry(生物模倣)、PSS(Product-service System)などの概念に加え、Design for Social Innovation(社会変革のためのデザイン)、Design for Sustainability Transition(持続可能な移行のためのデザイン)など、「Design for Sustainability(DfS:持続可能性のためのデザイン)」に関する従来の様々なアプローチと系譜を体系的に整理した上で、真に持続可能なシステムへの変革に向けた洞察も提示しており、デザイナーに限らず、サステナビリティに関わる全ての人にとって参考になる。
今回 IDEAS FOR GOOD 編集部では、同著の著者の一人でもあり、デザイン・アート・建築などの分野で世界的に知られるフィンランド・アアルト大学の「クリエイティブ・サステナビリティ」修士プログラムでも教鞭をとるİdil Gaziulusoy教授(以下、イディル氏)に、持続可能な未来への移行をデザインするうえで私たちに求められる態度や役割について詳しく話を伺った。
サステナビリティ科学と未来学とデザインの交差点
持続可能な未来への移行をデザインする。この一文には「持続可能性」「未来」「移行」「デザイン」という4つの言葉が含まれる。これら全ての分野において専門的知見と経験を持つ人材を探すとなれば、イディル氏ほど最適な人物はいないだろう。
国連トルコ支部の司書として働く母親の元で育ち、幼い頃から環境や社会問題に触れていたイディル氏にとって、持続可能な未来を実現するために働くという選択はごく自然なものだった。
大学では工学を専攻し、技術中心の世界における人間の存在について探求を深めたくなった同氏は、インダストリアルデザインの修士課程に進み、そこでドロシー・マッケンジー氏の「グリーン・デザイン」という書籍に出会う。
イディル氏「これこそが私のやりたいことだと思いました。私は人生への情熱を見つけ、トルコでインダストリアルデザインにおけるサステナビリティ実践について研究しました。その後、環境コンサルティング会社でトルコの産業界や政府に対して環境法規制に関するコンサルティングを行っていました」
コンサルティング会社での経験は非常に学びが多かったものの、彼女にとってワクワクする仕事ではなかった。法律はあくまで漸進的な変化と環境被害の低減を目的とするものであり、イディル氏が望むスピードと規模で変化を生み出すには不十分だったのだ。仕事を離れたイディル氏は、友人の移住がきっかけで自らもニュージーランドへと渡り、そこでサステナビリティ科学の博士号を取得する。
博士課程では、サステナビリティ科学とサステナビリティ・トランジションに関する文献を読み漁ったものの、その多くは社会科学や政策変更に関するもので、実践的なものがなかったという。
イディル氏「サステナビリティ科学は、複雑な適応システムの観点からシステミックな変革を目指すものであり、私にとってとても魅力的な知識でした。自分に欠けていたピースを見つけたのです。私は理論的な道具を見つけたのですが、さらにそれをデザインやイノベーションと繋げたいと思いました。そのため、博士研究では、企業によるデザイン・イノベーション戦略・活動と長期的なサステナビリティ・トランスフォーメーションへの整合をどのように支援するか、というテーマに取り組みました」
「また、私は未来学についても学びました。なぜなら、長期的な変革について考えるには、未来の研究から得られる知識が必要だからです。そこで、私はシナリオ・メソッドを開発しました。企業戦略とは、デザイン・イノベーション部門のなかで日常的に発生することと、長期的に社会全体の中で起こるべきことの媒介なのです」
2010年に博士号を取得したイディル氏は、その後オーストラリアに移り、メルボルン大学のビクトリア・イノベーション・ラボで、オーストラリアの都市がレジリエントな未来へと移行するためのビジョンとシナリオ、道筋を開発する3年間のプロジェクトに取り組んだ。
博士課程で学んだビジョニングやバックキャスティングの手法をより複雑なトランジションのコンテクストに持ち込み、プロジェクトを成功に導いたイディル氏は、母親の住む欧州への帰国を決め、2016年から現在のアアルト大学で教鞭をとっている。
イディル氏「アアルト大学で働き始めて7年になりますが、アアルト大学は教授陣や職場環境も素晴らしくとても刺激的で、世界でトップクラスのアート・デザインスクールだと思います。特にデザイン研究とデザイン教育に関しては非常に最先端です。デザインスクールの多くは未だにプロダクト開発志向が強く、もちろんそれは重要な基本ではあるのですが、私たちが取り組んでいるのは、システム変革のためのシステムデザインなのです。」
「私はNODUSサステナブル・デザイン・リサーチ・グループを牽引しているほか、『クリエイティブ・サステナビリティ』という修士課程でも教えています。『クリエイティブ・サステナビリティ』はアアルト大学を代表する修士課程の一つで、アート・デザイン・建築学部、経営学部、工学部の共同による学際的なプログラムです。非常に素晴らしいプログラムだと思います」
工学のバックグラウンドに加え、デザイン・イノベーション研究、未来・予測学、サステナビリティ科学・トランジション研究という異なる3つの専門分野が重なるスウィートスポットで研究と実務経験を重ねてきたイディル氏の経歴を考えれば、工学・デザイン・ビジネスを融合させたアアルト大学のフラッグシップコースとも言える「クリエイティブ・サステナビリティ」がいかに同氏にフィットした場所であるかがよく分かる。
持続可能な未来への移行をどのようにファシリテートするのか?
イディル氏が2019年にファブリツィオ・セスキン氏と出版した「Design for Sustainability -A Multi-level Framework from Products to Socio-technical Systems」では、サステナビリティに関わる過去の様々なデザインアプローチが、そのデザイン介入の範囲によって非常にわかりやすく整理されている。
1990年から現代にかけて、持続可能性のためのデザインのスコープは素材や製品レベルからサービス、地域、社会・技術システム全体へとより広がっていき、技術中心から人間中心へ、そして現在では人間以外の存在も含めた地球中心のデザインへと進化している。
イディル氏が専門領域とするDesign for Sustainability Transition(サステナビリティ・トランジションのためのデザイン)は、システム全体の観点から持続可能な未来を模索していくアプローチで、素材や製品といった目に見えるもののデザインを超えた、目に見えない「関係性」も含めたシステムのデザインだ。
いくらサステナビリティに配慮された素材や製品が開発されたとしても、それらがしっかりと循環し、環境が再生されたり価値が公平に分配されたりするシステムが設計されていなければ、結局のところ持続可能な未来への移行には繋がらない。その意味で、システム全体の視点からサステナビリティについて考えることは非常に重要なのだ。
一方で、サステナビリティに関わるプロジェクトの現場では、素材や製品にフォーカスしたデザイナーやエンジニアと、システム全体を俯瞰するデザイナーやリサーチャーとの間で、スコープと眼差しの違いから意見の衝突が起こることも少なくない。zoom-in の視点と zoom-out の視点はいずれも重要だが、ときに妥協点を見出せないこともある。そのような現実を前に、私たちはどのように持続可能な未来への移行をファシリテートすることができるだろうか。
イディル氏「人々が進んで会話に参加しない限り、認識論的に全く異なる学問分野にまたがる知識を統合するのはかなり難しいことです。サステナビリティ科学全体でも、学際的な研究をどのように進めるか、どのように知識を創造していくかについて大きな議論が行われています」
「私は、(プロジェクトの)実行段階に入る前に、まず各自が『自分がどこから来ているのか』を説明することがとても重要だと思います。異なる分野では何をエビデンスとするかも異なるし、何をデータと呼ぶか、科学的な品質に対する見方も異なるからです。例えば、精密科学は一般化ができるように統計的有意性に主眼を置いていますが、質的科学は特定の状況において詳細をより深く理解することを重視します。両者は非常に補完的なのです」
「実行に移す前に少し時間をとり、自分の知識に対する理解度や、質の高い知識の獲得方法についての見解、そして広範な問題領域について自分はどう考えているのか、どのように貢献できるのかについて話すことが本当に重要です。そして、それを全ての人が共有するのです。それは痛みを伴う作業ですし、必ずしも大きな成功事例が必要なわけでもありません」
「また、将来に向けたビジョンを作ることは、それぞれの要素を統一する上で助けになるはずです。もしあなたが将来の望ましいビジョンの構築をファシリテートすることができれば、人々は科学的視点ではなく望ましいビジョンの視点から考えることができるようになります。そうすれば、人々は長期的なビジョンを参照しながら、自らの具体的な貢献について考えることができるかもしれません」
「大事なことは、ビジョンづくりを一緒に進めることです。なぜなら、それはチームビルディングの練習でもあり、科学者や研究者としてではなく一人の人間として人々を結びつけるための時間でもあるからです」
持続可能な未来への移行には、異なる視点や専門性を持つ人々同士による共創が欠かせない。一方で、本気のプロジェクトであればあるほど、それは簡単な作業ではなくなっていく。大事なことは、まず参加者一人一人が自分の眼差しを共有し、お互いに違いを理解すること。そして、ともにビジョンをつくる過程でそれらの要素を統合し、正しい・正しくないを超えて「このビジョンを実現したい」という思いからベクトルを揃えていくことなのだ。
トランジションを担うデザイナーに求められる役割とは?
昨今では企業の新規事業開発部門や自治体、業界団体、市民団体など様々な場所で持続可能な未来の実現に向けたビジョン共創プロジェクトが展開されている。一方で、既存のシステムから離れて新しいシステムを想像し、そのシステムへの移行を目指していくことは決して簡単ではない。参加者全員が実現したいと思えるようなビジョンを描けない、既存のシステムから利益を得ているステークホルダーからの反発がある、など様々な課題に直面しているという方も多いのではないだろうか。
このようなシステム移行を目指すプロジェクトにおいて、デザイナーはどのような役割を果たし、どのように移行のプロセスをデザインしていけばよいのだろうか。イディル氏は、オーストラリアのメルボルンで手がけたプロジェクトの事例を教えてくれた。
イディル氏「オーストラリアのプロジェクトでは、都市全体のシステムを対象に取り組んでいたため、非常に複雑でした。一般的に、都市の移行に取り組む場合はエネルギーの移行やモビリティの移行といったように暫定的なシステムに焦点を当てる傾向がありますが、そのようにシステムを個別に切り離して見ていくと、還元主義的になってしまいます。しかし、実際にはエネルギーは食料や水とも関係しており、それらのシステムは全て相互に関連しています。また、都市にはインフラ、住宅、庭、緑地など、様々なレイヤーがあるのです。」
「そこで、私たちはまずビジョンづくりの段階で、参加型アクティビティとしてあらゆる分野から専門家を招きました。交通の専門家、住宅の専門家、建築家、食の専門家、水の専門家などです。そして、私たちは同じテーブルに異なる専門家が座るように配置しました。しかし、専門家は専門家であり、専門外のことには関心がありません。そこで、会話をスムーズにするために各テーブルに少なくとも一人、ソーシャル・イノベーターを配置しました。例えば、デジタルプラットフォームを通じて生産者と消費者を直接結びつけ、スーパーマーケットのシステムを破壊しようとしている人などです。そして、各テーブルのファシリテーターとして、デザイナーを配置しました。」
「私たちが委託したのは、システム思考が得意なデザイナーたちです。彼らは各テーブルで行われる議論の最初の統合役となりました。そして、私たちはそれぞれのテーブルでの会話を録音し、デザイナーらとともに各テーブルでどのような会話が行われたかを共有しながら、1週間で全ての知識を統合する作業を行いました。」
「ワークショップの最中でも、デザイナーは異なる専門家同士の議論を促進するために突っ込んだ質問をしたり、ラフスケッチを描いたりするなど非常に重要な役割を果たします。ワークショップの中でもすでに知識の統合は始まっているのですが、そこでは終わらずに、さらに各テーブルで生まれた知識もつなげるのです」
「オーストラリアのプロジェクトでは、ビジョン策定ワークショップに招待された全員のことを私たちはよく知っていました。こうしたワークショップは計画も運営も非常に短期になる傾向があるので、テーブルがどのように慎重に検討されるかがとても重要です。テーブルの上に置かれる専門知識の質も重要なのですが、それらを統合する質も重要なのです」
異なる分野の専門家を同じテーブルに招き、誰もにとって望ましいビジョンを構築するためのワークショップをデザインするスキル、そして、一人一人の専門性に敬意を持って接しながら、それぞれの知識を高度に統合していくファシリテーションスキル。それこそがトランジションを担うデザイナーに求められる資質なのだ。
後編「ループを閉じるその先へ。トランジションの視点から見た、サーキュラーエコノミーの課題とは?」に続く
【参照サイト】İdil Gaziulusoy – Aalto University
【参照サイト】Design for Sustainability
【参照動画】NESTwebinar #24 – Design in Sust. Transitions | İdil Gaziulusoy
(アイキャッチ画像クレジット:Photo of İdil Gaziulusoy – Image credit: Sanna Lehto)
Leave your comment