デザインを「人間目線」だけで作る時代は終わる?どの命も取りこぼさない、新設計に迫る

デザインを「人間目線」だけで作る時代は終わる?どの命も取りこぼさない、新設計に迫る

いまこの記事を読んでいるあなたが持っているスマホ、座っている椅子、部屋を明るく照らすライト……私たちの身の回りを見渡してみると、誰かが何かの目的を果たすためにデザインしたモノで溢れている。私たちは何かしらのサービスや商品の「ユーザー」であり、それらは私たちが「一人の人間」として使いやすいようにデザインされているのだ。

人々の日常の体験をなるべく良いものにするため、「Human-Centred Design(人間中心設計)」がプロダクトエンジニアリング、UXデザイン、まちづくりなどで、過去25年ほど注目されてきた。ユーザーが心地よく商品やサービスを使うためのデザインは、人間の生活習慣だけではなく、考え方や行動を分析することで生まれ、私たちの生活をより便利にしてきた。

そんな「人間中心設計」に対して、新たな概念「Life-Centred Design(ライフ・センタード・デザイン、日本語では『すべてのいのち中心設計』)」が登場している。欧州を中心に注目され始めた「ライフ・センタード・デザイン」とはどのようなものなのか。その考え方と実際の応用事例を見ていきたい。

「ライフ・センタード・デザイン」とは何か?

Life-centred Design Guide
Image via The Life-centred Design Guide

「ライフ・センタード・デザイン」とは、簡単に言うと、デザインの視点を「人間中心」から「すべての生命中心」に広げようとするものだ。

つまり、特定の商品やサービスのユーザーでない人達、その他の地域住民、生態系、さらには地球環境全体を考慮に入れた設計をする。「環境デザイン」「21世紀デザイン」「サーキュラーデザイン」「コンシャスデザイン」など、近年登場している様々なデザイン概念の総称で、デザインの力で今まで焦点を当ててこなかった規模の大きな社会問題や環境問題の解決を試みるものだ。

身の回りを見回してみると、私たちの生活はさまざまな「いのち」を見過ごして成り立っていることがわかる。

例えば、お店で何気なく飲むコーヒー。使用するカップ、コーヒー豆、水、コーヒーを淹れるための機械……それらがどこで、誰によって作られたか、考えたことがあるだろうか。もしかしたらそのコーヒーを大量生産するために、先住民の生活環境を壊したかもしれない。そのコーヒーを入れるカップ、ロゴやマークに使われているのは合成染料か化学染料で、空気汚染、水質汚染、土壌汚染の原因となり、魚や土に住む生物、それを食べる生物たちの「いのち」を奪っているかもしれない。コーヒーに入れるミルクの生産過程において、牛から出るメタンガスが気候変動の原因となり、地球上の全ての「いのち」を壊してしまうかもしれない……。

こうした例からもわかる通り、私たちの身の回りには環境負荷が発生する要因が溢れている。デザインは商品やサービスの環境負荷の8割を決めると言われており、気候変動や社会問題の解決へと立ち上がった企業や消費者は今、さまざまな商品・サービスのデザインから見直しを図ろうとしているのだ。

なぜ私たちの生活が他の「いのち」を圧迫するようになったのか?

1944年以来、私たちの経済はGDP(国民総生産)で測られている(※)。経済の豊かさを測るGDPは、一定期間内に国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値で決められる。つまり「人が何かを売買すればするほど経済が豊かになる」という計算方法だ。そして、いつの間にかモノを消費すること自体が、私たち人間の大きな役割となった。

モノが溢れれば、その相場は低くなり、コストを下げて生産性を高めようと大量生産をするようになる。そうすると、一つ一つは安価で手に入りやすくなるものの、その分思い入れも薄れ、消費者とモノとの関係性は薄くなる。モノが壊れたら修理をするよりも新しいものを買う方が経済的になり、役割を果たさなくなれば捨ててしまう「廃棄文化(Throwaway Culture)」が社会に根付いてしまった。

この経済活動が環境破壊の原因であることを理解した私たちは、解決策をデザインすることができる。すべてのいのちを尊重するための「ライフ・センタード・デザイン」は、実際どのような方法で実現されるのだろうか。読者の皆さんも次に紹介するいくつかの例を参考にしながら、周りのデザインについて一緒に考えてもらえると幸いだ。

「ライフ・センタード・デザイン」の要素となる、3つのデザイン手法

① 終わりなき資源循環を目指す「サーキュラーデザイン」

「サーキュラーデザイン」とは、「つくる、使う、捨てる」の直線型ではなく、再利用やリサイクルを通じて資源をループに戻す循環型の仕組みを構築する手法だ。

「Out of sight, out of mind」というフレーズがある。これは、「見えなければ忘れてしまう」という意味だ。モノはゴミ箱に捨てられたあと、どこに行くのか。私たちはモノが視界から無くなると、どうしても存在を忘れてしまう。サーキュラーデザインはそんな「モノの最後」を、製造する前から考える。

「役目を終えたあとのことを、製品をつくる前から考える」ということは、サーキュラーエコノミーの要になる。リサイクルやリユースすることを念頭にデザインされていないモノが多いと、使命を果たし終わった商品から再利用可能な物質を抽出するのが難しくなるからだ。

それではここから「サーキュラーデザイン」を体現する事例を見ていきたい。

【事例】juneeが生み出す、循環する「容器」

世界中で問題となる、使い捨てのプラスチック容器。プラスチックは生物分解されるまでは最短でも400年ほどかかると言われている。英国のスタートアップ・junee(ジュニー)は、このプラスチック容器の問題に終止符を打とうと、オフィスやイベント、マーケットなどで使われる食品容器を提供、回収、洗浄するサービスを広げている企業だ。

juneeは、拠点とする英国で2025年までに使い捨てられる2500万個の食品容器を、再利用可能な食品容器にすべて置き換えるというミッションを掲げている。注文に合わせて提供、回収、洗浄をするこのサービスは、企業やイベント経営側の負担をなるべく減らすよう出来ている。ケータリング、会社の食堂、映画やテレビ撮影現場、レストランのテイクアウトなど、様々なシーンでjuneeが注目されている。

 

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【事例】Meryl Fabricsによる、100%リサイクル可能な生地

Meryl Fabrics(メリル・ファブリックス)もサーキュラーデザインを体現する企業の一つだ。同社は水や薬品を使わない高度な水素技術で、マイクロプラスチックを出さない100%リサイクルが可能な生地を製造する。洋服、タオル、布団など、私たちの生活に「布」は欠かせない。しかし、織物産業の多くの工程は、海洋汚染の原因となっており、水の使用量も非常に多いのが現状だ。Meryl Fabricsはマイクロプラスチックを出さない布を生み出しただけではなく、布生地になる前段階で繊維に色味を加えることによって、従来二度行われる染色を一度だけに限定。抗菌性・UV効果・撥水性の高い仕上げを実現した。

 

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② 豊かさの定義を問う「多元的デザイン」

多元的デザインは、経済発展を遂げた西洋が世界の成長の中心にあるという限定された人類発展の考え方に警鐘を鳴らす。世界にさまざまな価値の「中心」をつくることで、全ての人々が守られ、暮らしを営むことが出来る社会にしよう、という考え方だ。

西洋がリードしてきた経済発展の形が現在の世界の状況に相応しいのかに関しては疑問も多い。G7に加盟する日本にも同じく、経済発展の思考が強く深く根付いている。しかし、経済至上主義では身過ごされてしまうものが多くある。

例えば、帰宅後の掃除や洗濯、料理や洗い物の時間は、今の経済概念ではあまり意味を持たない。なぜなのか。GDPが提唱された1944年当初は、支配的な社会単位が「夫婦」であり、女性の社会進出もほとんど進んでいなかった。そのため、多くの一般的な家庭内労働は、男性が帰宅するまでに女性が済ませていて、経済の計算をする上で全く気に留められていなかったのだ。

しかしながら、現在は社会単位がより豊かになったことや、共働きのカップルが増えたことで、帰宅後の家庭内労働で疲弊する人口が増えている。ドーナツ経済学を唱えるケイト・ラワースも、「全ての家事が私たちの生活の核となるから、健康に仕事が出来るのだ」と訴えている。

そうした現在の経済システムで私たちの生活は本当に「豊か」になるのだろうか。現在の経済様式と社会構造は、主に西洋の資本主義の土台を築き上げた男性の視点で作られており、休暇や教育の価値、資本の分配、環境負荷や価値の多様性など、現代の私たちが見つめるべきことを測れていないのではないか。今でこそ、経済が見過ごしてきた価値を再考し、新しい「中心」を見据える必要があるだろう。ここからは既存の経済モデルの前提を問う「多元的デザイン」の事例をみていきたい。

【事例】業績を上げるだけではない「生命体としての組織」をデザインする

リジェネラティブ・リーダーシップ」の著者ジャイルズ・ハッチングスとローラ・ストームは、従来の組織構造図を流動的かつ協力的なものに変えていくことを提案する。KPI(重要業績評価指標)をひたすらに追いかける「機械としての組織」ではなく、活発で順応力を高める「生命体としての組織」は、組織としての概念をより調和的に変えることが出来るという。

このような構図の組織では、マネジメントの感覚が変わることや、組織としての一体感が増すことが期待される。それぞれのメンバーの可動域・自由度が増し、クリエイティブな発想が生まれると言われる。

LIVING-SYSTEMS LOGIC
Image via The Nature of Business

 

【事例】広告ビジネスを根本から問い直す「WeAre8」

SNSを開くと、投稿と投稿、動画と動画の間に出てくる広告と出くわす。それらをスキップすることが増えたという人も多いのではないだろうか。いつの間にか入ってくる情報は、私たちを疲弊させてしまうこともあるが、広告代はそのSNS媒体を運営する会社が全て入手しているのが現状である。そこで、ロンドンを拠点とするスタートアップ企業・WeAre8(ウィー・アー・エイト)は、資本の分配と従来の広告概念に着眼し、新しいかたちのソーシャルメディアを立ち上げた。

WeAre8が生み出したのは、企業が広告料を払うと、それを見たユーザーの私たちに「報酬」として支払わられるようになる仕組みだ。たとえ数秒でも、私たちが広告を見る時間やそこにさかれる集中力は、積もれば大きなものとなる。また、企業が消費者に直接質問をすることができるようにするなど、「広告」の概念と役割を企業と消費者両方から変えている。さらにユーザーは「報酬」を、貧しい子供の教育に充てるユニセフや、水不足の解消に取り組むWater.orgなど、 選んだチャリティーに寄付することも出来る。

多元的デザインは、いまや当たり前となってしまった経済至上主義の考え方によって、歴史的に虐げられてきたり、力を奪われてきたりした人々、経済指標で測れない生活をしている先住民など、地球上の全ての人々が本当に「豊か」な暮らしを出来るような仕組みを生み出していく可能性がある。

③ 人間以外のいのちに学ぶ「バイオミミクリー・デザイン」

バイオミミクリーとは、「生物模倣」と訳され、自然界の仕組みから学び、技術開発に活かすものだ。自然界の仕組みを模倣するというバイオミミクリーの本質的な考え方自体は人間が古くから用いてきたものだが、近年改めてこの考え方が注目を集めている。

人間はさまざまな形で自然の知恵を借りて技術や製品の開発を行い、自然の恩恵を受けてきた。一方で、自然界のシステムの中に人間や社会がどう適応していくかという視点は、これまで見逃されがちであった。その結果、世界規模での気候変動や生物多様性の損失といった問題が起きている。改めて自然の仕組みや在り方、生物の多様性に目を向けることで、もう一度自然とのつながりを取り戻し、「人間が地球に適応していくことを促す」のがバイミミクリーの中心となるコンセプトだ。それではここからバイオミミクリーデザインの例を見ていきたい。

【事例】きのこの菌系体を模倣した断熱材

Biohm(バイオフム)は、きのこなどのマイシリアム(菌糸体)の特性を模倣した断熱材を作っている。その素材となるのはORBと呼ばれる土に還るシートで、カーボンネガティブでありながら、従来の人工的に合成された建築素材よりも高い断熱性を持ち合わせているという。

【事例】白いカブトムシから着想を得た、自然由来の着色剤

道路のサインや歯磨き粉、日焼け止めなど、身の回りの白いものの約70%には、酸化チタンという塗料が使われている。しかし近年、その粒子に発がん物質の疑いが発見され、さらに採掘時の高い環境負荷が問題視されている。EUは人体や環境への悪影響を理由に、2022年7月に食品の酸化チタン使用を禁止した。

そんな中、英・ケンブリッジ大学から派生したテクノロジー会社・Impossible Materials(インポッシブル・マテリアルズ)は、白いカブトムシ「シホキルス」の持つ外殻の構成と仕組みを、木材ゴミや農業廃棄物から得られるセルロースを使って模倣し、自然由来の白い着色剤を作っている。自然の仕組みから学ぶことで、安全、安心な未来をつくり出そうとしているのだ。

デザインの背景にある「いのち」に気付く大切さ

ここまで、ライフ・センタード・デザインの要となるいくつかの例を見てきた。「サーキュラー・デザイン」「多元的デザイン」「バイオミミクリー」はあくまでも、ライフ・センタード・デザインを構成する一部ではあるが、そこにはすべてのいのちに注目するためのエッセンスが詰まっている。

森羅万象に神が宿るという神道に通じた考えが根付く日本文化に、共通する部分があると感じた方もいたかもしれない。「Life-Centred Design Guide」の著者ダミエン・ルッツも、「ライフ・センタード・デザインのエッセンスは古代の人々や先住民の生き方にもみられ、何千年前から大切にされてきた概念である」と述べている。

また、ロンドン芸術大学でソーシャルデザインを教えるジョセリン・ベイリーは、「私たちはみんなデザイナーだ」という。なぜなら、私たちは何かの目的をもって日々の生活を豊かにしようとし続け、毎日の考えや行動によって、自分だけではなく周りの人たちの考えや行動に影響をもたらしているからだ。自分がデザイナーだと思うと、周りの見え方が変わってくるのではないだろうか。

私たちの生活を彩る数多くの商品やサービスの裏側には、数えきれないデザインと数えきれない「いのち」との関わりがある。日々の中で見過ごしてしまいがちなことに目を凝らし、さまざまな理由で書かれていないことを探してみたり、聞こえてこないことに耳を澄ましたりしてみる。そんな習慣が私たちの生活を本当に豊かにしてくれるのかもしれない。

GDP: a brief history
【参照サイト】Life-centred design
【参照サイト】A holistic design toolkit for life-centred design
【参照サイト】The life-centred design compass
【参照サイト】10 design practices combine in life-centred design
【参照サイト】Life Centered Design by Bruce Mau | BODW 2021
【参照サイト】Fjord Trends 2020: Life-Centered Design | Accenture
【参照サイト】Circular economy introduction
【関連記事】「人間」の存在を問い直す。組織を生命システムとして捉える「リジェネラティブ・リーダーシップ」とは?
【関連記事】「ごみの時代」にデザインが担うもの。英・Design Museumの企画展から考える

Edited by Megumi

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。

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