ループを閉じるその先へ。トランジションの視点から見た、サーキュラーエコノミーの課題とは?

ループを閉じるその先へ。トランジションの視点から見た、サーキュラーエコノミーの課題とは?

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」に掲載された「持続可能な未来への移行をどうデザインする?アアルト大学・イディル教授に聞く【後編】」を転載したものです。

気候変動から格差にいたるまであらゆる環境・社会課題が複雑に絡まり合う現代において、私たちはどのように持続可能性な未来への移行をデザインすることができるのだろうか。

IDEAS FOR GOOD 編集部では、「Design for Sustainability -A Multi-level Framework from Products to Socio-technical Systems(持続可能性のためのデザイン – 製品から社会・技術システムまでの多層的なフレームワーク)」の著者の一人であり、フィンランド・アアルト大学の「クリエイティブ・サステナビリティ」修士プログラムでも教鞭をとるİdil Gaziulusoy教授に、詳しくお話を伺った。

前編では、同氏のこれまでの取り組みや持続可能な未来への移行をファシリテートする際のポイント、デザイナーに求められる役割について話を聞いたが、後半では、昨今欧州を中心に世界中で注目を集める「サーキュラーエコノミー(循環経済)」に対する同氏の考えも掘り下げていく。

トランジションの視点から見た、循環経済の課題とは?

イディル氏は、持続可能性のためのデザイン実践を俯瞰した際に、素材や製品レベルにおけるデザインを「Low-hanging-fruits(手に入れやすい果実)」、Product-Service-System(製品サービスシステム)レベルやSpatio-Social(空間・社会)レベル、Socio-Technical System(社会・技術システム)レベルにおけるデザインをパーソンズ・スクール・オブ・デザインのラズ・ゴデルニク氏の言葉を借りて「Beyond-Sustainability-as-Usual」とした上で、よりシステミックなアプローチが重要だと説明する。

The DfS innovation framework with the additional socio- technical-ecological system level – Design for Sustainability -A Multi-level Framework from Products to Socio-technical Systems より引用

また、現在EUが推進する「クローズド・ループ」の概念を前提とする循環経済の考え方は、未だにこの素材や製品レベルのデザインに焦点を当てた議論が中心になっていると指摘する。

イディル氏「生産・消費システムのループを閉じるという概念はずっと以前からあり、考えるまでもなく当たり前のことです。循環経済の概念はエレン・マッカーサー財団の登場以降、この10年間で広まりましたが、その起源はデザインにおける『Cradle to Cradle(ゆりかごからゆりかごまで)』に遡り、さらに言えば『産業エコロジー』などもそうですが、これらは40、50年前の研究です」

「循環経済に対する熱狂は、『ループを閉じれば大丈夫だ』という誤解を世間に与えかねないという点で、私はとても問題視しています。また、循環経済は政治的・経済的システムのより根本的な変化についての会話を避ける手段にもなっています。これはあくまで私の考えですが、循環経済は新自由主義的なパラダイムに位置付けられやすいと感じます。一方で、私たちは『脱成長』について真剣に話すべきときが来ていると思います」

「もちろん、循環経済への関心が高まること自体は悪いことではありません。ループを閉じるということは非常に基本的な持続可能なデザイン、イノベーションの原則であり、実際にはもっと早くから導入されるべきものでした」

「欧州の政策や循環経済行動計画は良い一歩だとは思いますが、『部屋の中の象』には立ち向かえていないのです。それは、消費を減らすということです。劇的に消費を削減できない限り、循環経済が資源の問題を解決することはできません。しかし、私たちはそうした会話も、消費を減らすための政策的介入も見ることができません。私たちは循環経済について話しながら、一方ではこれまで以上に飛行機に乗り、これまで以上に消費をしているのです」

「また、Cradle to Cradleに対する批判と同じことが、循環経済に対しても当てはまります。私たちは無限に資源を循環させることはできません。それには物理的、化学的な限界があるのです」

「バイオ素材やそれらで作られた製品についても生分解性がウリとなっていますが、それらの製品を土の上に置き、実際に分解されるまでどのぐらいの時間がかかるかを見てみてください。大量のバイオ製品に対する自然の吸収能力について、十分な検討がされているとは言えません」

バイオ由来プラスチック via Shutterstock

「”Shifting the burden” という言葉をご存じですか?システム用語で『負担を転嫁する』という意味です。今ここにある問題を、将来に移動するのです。すると、問題は消えたように見えますが、実際には将来的にさらに問題は大きくなっています。政策やビジネスにおいて、短期志向が原因でこうした転嫁はよく起こります。自然の吸収能力や消費の削減に真剣に取り組まない限り、循環経済は単なる負担の転嫁にしかならないと思います」

「循環させるということは、私が年間1万着のドレスを消費し、その1万着をリサイクルに出すということではありません。ファッションのシステムは、循環経済がいかにうまくいっていないかをとてもよく表しています」

イディル氏の話す通り、EUが推進するグリーン成長、循環経済政策に対しては、資源を循環させ続けることの物理的な限界(熱力学の法則)や、win-win policy(環境主義者にとっても経済成長主義者にとっても受け入れられやすい政策だが、誰にとっても受け入れられやすい政策に、本当に社会を変革する力があるのか)という指摘など、様々な批判がある。

また、そうした批判に並ぶ形で、より根本的に経済のスローダウンや消費の削減、成長に依存しない経済・社会システムへの移行を模索する動きも加速している。

フランス・ストラスブール(2023年2月)脱成長を訴える人々 via Shutterstock

2022年10月には脱成長論の権威として知られるGiorgos Kallis氏、Julia Steinberger氏、Jason Hickel氏らの研究チームが「Pathways towards post growth deals:卒成長に向けた道筋」というプロジェクトでEuropean Research Council(欧州研究会議)から約1000万ユーロの助成を獲得して話題となった。

また、2023年5月にベルギー・ブリュッセルの欧州議会にて開催された「Beyond Growth 2023 Conference」もそうした流れの一つだ。循環経済がグリーンウォッシュで終わらないために、私たちは改めて真に求められる変革とはどのようなものなのかを根本から考え直すタイミングに来ているのだ。

変革の一部になろう

Sustainability-as-Usual を乗り越えて、真に持続可能な未来への移行を実現するために、私たち一人一人にできることはなんだろうか。イディル氏はこう話す。

イディル氏「大事なことは、自らのインスピレーションとなる人を見つけ、彼らから学ぶことです。しかし、この領域で確かな研究をしている人はまだ多くありません。これは、研究予算がどのように分配されるかにも関わっています。一般的に予算の多くは成功事例の研究に注がれます。そのため、再生型のビジネスモデルを研究するよりも、循環経済のビジネスモデルを研究するほうが資金が獲得しやすいのです」

「トランジションデザイナーとなり、お金を生み出すことは非常に難しいのが現実です。トランジションデザインの仕事はいまだに非常に小さなプロジェクトが中心で、デザインプロジェクトの多くは企業がより利益を上げるための仕事だからです。しかし、少なくとも欧州では政策デザインのために政府がデザイン会社に報酬を支払うこともあり、よりトランジションに関連した仕事をする機会を見つけられるかもしれません」

Aalto University Campus via Shutterstock

トランジションデザインと、お金を生み出すことの両立は、少なくとも現段階では難しい。この領域で先端を走るイディル氏の言葉には重みがある。

一方で、現実的にはようやく産業界がサステナビリティに対して意識を向けるようになってきた現在の段階で、循環経済に対する批判や、サステナビリティと経済の両立に対するクリティカルな視点を共有することに抵抗を感じる人もいるだろう。その点について、イディル氏はどのように捉えているのだろうか?

イディル氏「私たち研究者は際限なく批判的であることができますが、それは私たちが必ずしも企業や政策立案者らと共に仕事をしたり、彼らの現実と共に生きているわけではないからです。どんなこともいくらでも批判することはできますが、サステナビリティに関する議題は、多少の塩をかけられたとしても前に進めていく必要があります。大事なことは、政策立案者や企業に対して現実問題として何を期待することができるか、ということだからです」

Sustainability-as-Usualに対する批判的な視点は持ちつつも、現実もしっかりと踏まえた上で歩みを前に進めていく。今求められているのは、批判精神を持ちながらも前向きに行動をしていく実践者、ということだ。

「また、私はトランジション・デザインとは長期的なビジョンを創造することだと考えており、全ての人々にその活動に携わってもらいたいと考えています。もちろん、全ての人々に関わってもらうことはできないかもしれません。興味がない人もいるでしょうから。ただし、デザインの実践という観点から言えば、私は素材や製品のレベルであってもトランジション・デザイナーになることはできると考えています」

「より大きなシステム変革の視点を持っており、人類が進むべき方向性を見据えていれば、その移行に向かって貢献できているのかを立ち戻って問い直すことができます。全ての人がシステムデザイナーである必要はありません。私たちは物質的な存在であり、私たちには素材も製品も必要だからです。本当に必要なことは、全ての人々が長期的かつシステミックな視点を理解することであり、それがトランジション・デザインなのです」

「そして、最後のメッセージとして言えるのは、テクノロジーは問題を解決するための重要な要素ではあるものの、新しいテクノロジーには常に新しいリスクや新しい問題がつきまとうため、決してテクノロジーに対して楽観的にならないということです。私たちの価値観やマインドセットを変えない限り、新しいテクノロジーが問題を解決してくれることはないでしょう」

デザインの対象に関わらず、全ての人々はトランジションの一部となれる。また、テクノロジーに対しても楽観的になりすぎず、長期視点とシステム視点を踏まえ、理想とするシステム全体に対して貢献できているかを確認しながら、自らの場所で実践を続けていく。イディル氏のアドバイスは、持続可能な未来を実現したい全ての人にとって参考になる。

Photo of İdil Gaziulusoy – Image credit: Sanna Lehto

編集後記

イディル氏への取材を通じて改めて感じたのは、欧州を中心に産業界で盛り上がりつつある循環経済やグリーン成長といった概念を無批判に受け入れ、局所的な理解だけでプロジェクトを推進するのではなく、それが本当に持続可能なシステムへの移行につながっているのかを批判的に検証しながら物事を進めていく重要性だ。

サステナビリティ・トランジションを専門とする研究者ならではのクリティカルな視点は、利益や投資家からの圧力といった現実と向き合わなければいけない企業の立場からすると居心地が悪く感じたり、耳が痛くなることもあるかもしれない。しかし、勇気を持ってそれらの声に耳を傾けることができれば、真の意味で持続可能な未来への移行を実現するイノベーションの種が見つかる可能性もある。

イディル氏の考えに少しでも共感を覚える方は、ぜひ変革の一部となり、新しいシステムへの移行の旅に出てみてはいかがだろうか?

前編「持続可能な未来へ、トランジションを担うデザイナーに求められる役割とは?」に戻る

【参照サイト】İdil Gaziulusoy – Aalto University
【参照サイト】Design for Sustainability
【参照動画】NESTwebinar #24 – Design in Sust. Transitions | İdil Gaziulusoy

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