サステナビリティを一次産業の現場で考える。日建設計コンストラクション・マネジメント『新林』メディアと木を伐る活動

サステナビリティを一次産業の現場で考える。日建設計コンストラクション・マネジメント『新林』メディアと木を伐る活動

日本の国土は7割が森林で覆われています。そしてそのうちの半分が人工林であることを皆さんご存知でしょうか。

人の手によってつくられた人工林を維持するためには定期的に間伐などで人の手を入れる必要があります。人工林の中の木々の密度を適切に管理することなどで、地表に光が射し、安定した地表面を形成することにもつながります。しかし、日本の森林には急斜面が多く、林業機械が立ち入って木を伐ることが困難で、林業従事者不足、輸入木材との価格競争による価格低迷等も相まって、近年では一度人の手が入った人工林が放棄されることが多くなりました。

これから大切になることは、先人から引き継いだ資源である人工林での、将来を見据えた「木を伐る」活動であると言われています。今回「木を伐る」活動に参加したのは日建設計コンストラクション・マネジメントの若手社員を中心とした11名。『新林』というメディアで森林に関する情報発信をする同社の活動に編集部が同行し、森林やそこで育まれる文化にかける想いを、サステナビリティ推進チームの吉岡優一さんに聞きました。

吉岡さん
左が吉岡さん

人工林が抱える問題──「木を植える」活動から「木を伐る」活動へ

日建設計コンストラクション・マネジメントは、建設事業を中心とするあらゆるプロジェクトの課題解決を、マネジメント及びコンサルティングサービスを通して行う企業です。2015年に創立10周年に合わせて社会貢献活動として、富士山での植樹活動を開始しました。2020年からは新たな取り組みとして「木を伐る活動」に取り組むようになりました。吉岡さんは、森林の現状について以下のように語ります。

「特定の樹種が人が手により植えられた森林は『人工林』と呼ばれます。日本では、1960年代から特に成長の早いスギやヒノキが植林された人工林が増えてきたのですが、人の手によってつくられた人工林は、その後も継続的に手を入れ続けることが必要になります。特に成長を促すために密植された人工林を放置すると、ほとんど地表に光が入らない鬱蒼とした林となり、下草が育たず、生物多様性が損なわれた状況や、保水機能の破綻など、災害の原因が生まれてしまうこともあります。そうした問題解決の第一歩となるべく、今回の『木を伐る』活動を始めました。こうした小さな活動の積み重ねで放置人工林が、保全林になり、そして次世代に引き継がれ人々の活動が行われる森林になると良いなと思っています。」

年輪

静岡県浜松市天竜地区の歴史

今回の活動で訪れた森林は、浜松市天竜区。天竜はもともと「天竜杉」でよく知られ、「尾鷲ヒノキ」「吉野杉」とともに日本三大人工美林にも数えられていました。天竜杉の歴史は室町時代にまで遡ります。江戸時代、天竜杉は天竜川を下って海を渡り、江戸まで運ばれることもありました。

一方で、天竜川はしばしば洪水を引き起こす「暴れ川」として知られていました。当時から「川を治めるためにはまず山を治めよ」と、治水の役割を果たす存在としても山が大切にされていたのです。

木材はどのようにしてできるのか?

建物や家具など色々な用途で用いられている木材。日常に溶け込んでいる木材が、実際どのように加工されてできたものであるか、皆さんはご存知でしょうか。天竜の森で林業に従事しながら、新しい森づくりに取り組む木こりの前田剛志さんにアテンドして頂きながら、昨年木を伐った日建設計コンストラクション・マネジメントの社員が、今回は同じ場所でその間伐材を運ぶ活動をしました。

木の水分を抜く「葉枯らし」

伐採したばかりの木をすぐ運べるかというとそうではありません。生きている木は多くの水分を含んでいるためずっしりと重く、すぐに建材にすることも難しいため、伐採した木は3-6ヶ月ほど放置され、乾燥させられます。この水分を抜く過程を「葉枯らし」と呼びます。乾燥して軽くなった木でも、直径30センチメートル・長さ3メートルで、重さは100キログラムほど。大人3人で斜面を下るのが精一杯の重さです。

丸太として流通させることができる木

活動の様子
伐採したすべての木が、丸太として山から原木市場に持ち込めるわけではありません。例えば途中から二股に分かれているものは、一定の太さが保てず、木材として使用されることは少なくなります。また丸太を山から運び出すことに労力と費用がかかるため、間伐された木は山に放置されることも少なくありません。「運び出すためのインフラが整っている」など条件がそろったエリアの木のみが、丸太として流通されるという現実があります。

木の運び方

北米・欧米の森林に比べ、日本は土地が山がちで斜面が多く、林業機械で伐採・運搬作業をすることが困難であるため、技術が発達した現在も、木こりにより伐採・運搬作業をしているところが多くなっています。木の運び方は、それぞれの地形の状態によって様々。人力での方法としては、肩に担ぐこともあれば、専用の紐を木に巻きつけ、地面を引きずりながら運ぶこともあります。

木を運ぶ様子
木を引きずって運ぶ様子

実際にできる木材

また、実際に床の板材を作る活動も行いました。板材は木を縦に薄くスライスして作られます。
木を加工する様子
通常は製材所で製材を行いますが、今回は山でチェーンソーを使った簡易製材を行いました。運び出した4メートルの丸太が、板状にスライスされると、多くの人にとって馴染みのある板材となりました。

『新林』に込められた想い

『新林』というメディアや、「木を伐る」活動にはどのような想いが込められているのでしょうか。今回は『新林』のプロジェクトを率いる吉岡さんにインタビューを行いました。

Q. なぜ『新林』を発行したのでしょうか?背景にはどんなことがありましたか?

今まで日建設計コンストラクション・マネジメントでは、活動をしたとしても、発信する媒体がありませんでした。活動をするだけで終わりというのはもったないことだと思っていましたし、活動のサステナビリティや学びの場をつくっていくということを考えてもアウトプットの媒体が必要だと思っていました。

吉岡さん
吉岡さん

また、『新林』のライティングやイラストは活動を実施している浜松在住・出身のメンバーに協力をしていただいています。これは、地域と新しい関係をつくりながら活動をしたいからです。ローカルなメンバーとやっていくことで、会社の活動として異なる価値や気付きがあるだけではなく、地域の中でその地域の魅力が再発見されるという側面もあります。

Q. 建築に関わる会社として植樹の活動を始めたのはなぜですか?また途中から「木を伐る活動」に移行した理由は?

もともとやっていた植樹活動は、木を植えて土壌を強固にすることで、富士山を崩れないようにしようとする活動でした。単純に「緑を増やす」目的ではなかったのです。その活動を経て、今見えている地上のことだけに捉われず、木があることの意味を、見えていない地中の環境を含め生態系の中で捉えることの重要性に気づきました。また、木も植えて終わりではありません。森林環境のことを本当に考えるなら、メンテナンスを通して継続的な関わりを持つ必要があります。日本の森林の状況に目を移した時、放置された人工林が多い実情を踏まえ、「木を植える」こと以上に、「木を伐る」ことに関する課題が山積しており、次世代に適切に引き継ぐべき社会的資本として関わりを持つ必要性を感じたのです。

Q. 『新林』の中では、「新しい森林文化」が育まれることが大切にされています。「新しい森林文化」とはどんなものなのでしょうか?

森林や林業に関するメディアを調べてもらうとわかるのですが、とても専門的であったり、林業機械の話のようなメカニカルなものが多いんです。でも普通の人が「森や山に行こう」と思ったときに、そういったメディアをあまり見ようとはしませんよね。一方で、手に取りやすいメディアには、ハイキング、アスレチック、温泉、カフェ、美術館、キャンプ場などわかりやすいコンテンツが並んでいます。こうした状況を踏まえると、学びを通して人との関係がつくれたり、経験的な豊かさを複合的に発見したりする場所として、森林には可能性があると感じています。

もともと人工林はあくまで木材を生産するための場所で、普通の人が足を運ぶ対象ではありませんでした。当たり前ですが、人がいないとそこへつながる道は荒廃しますし、文化は生まれません。そこにただ生産するだけでもなく、ただ消費するだけでもない人々が通い始めたとき、新しい「森林文化」が耕されてくるのだと思います。我々のような素人が伝統に学び、意見を交換し、少し違った価値観で森林と関わることで、少しでも文化の醸成に貢献できればと思います。

実際に今日山の中をアテンドしてくれた前田さんも、年中木こりをやっているわけではありません。木こりのライフスタイルも様々で、木を伐るシーズン以外は、お店でお茶を売っていたり、イベントをされたりしています。これからは、音楽をやっている人がライブをしたり、1日限定の夜空が見えるレストランがオープンしたり、魅力あるコンテンツをしっかりつくり、なんでもない人工林に人が関わる状況を作っていきたいと思います。もちろん真面目に、森林資源を次の世代に引き継ぐために何ができるか、対話をしながらですが。

活動の様子
伐りたての木はまだ水分を含んでいるため、ひんやりと冷たい

また「新林」の編集チームと話していたのは、「魚」くらいの解像度で、「森林」を見られるようになると良いなということです。魚って、幼稚園児で絵本や図鑑で知ることからはじまり、小学生くらいになると釣り方を知る。釣るようになると育つ環境・地形に知識が深まり、飼うようになると育てる難しさや、その種類の豊富さに驚く。中学生くらいからは食の対象にもなる。食べ方からさばき方、どこでどのくらいの金額で買うことができると調達への理解も深まる。これと同じくらい「森林」について、「木」ついても理解が進み、実感を伴った身近なものになるといいなと思いますね。そのための第一歩として必要なのが「学び」です。面白いことをやっている人たちを「新林」で紹介しながら、理解を深めていきたいと思っています。

実体験に基づいた知識を身に着ける場に

Q. 日本政府が掲げる脱炭素・カーボンニュートラルなどの大きな目標に対するアプローチとしてもこの活動を位置付けていますか?

山への想いの廻らせ方が変わるという意味ではつながってくると思います。「カーボンニュートラルだから木の建築作ろう!」という短絡的な話にはならないことは多くの方々の共通認識になりつつあると思います。木の建築をつくるという話にしても、使用した量を競う時代から、どのように効率的に木材を使用したかを競う時代に入りつつあるのです。

また、目先のカーボンニュートラルが達成されることだけでいいのか。変化が激しい時代ではありますが、サステナブルな森林を次世代に引き継ぐための森林経営の議論とセットで、自然の時間尺度を捉えたアイデアも出てくるかもしれません。

その意味で、森林・木材のことを実体験として知っているかどうかで設計が全然違ってくると思います。この活動を通じて、我々だけではなく、一般企業の方々、施設発注者・設計者などに知識や体験を提供できたらいいなと思っています。

Q.「海外の木材のほうが安い」などジレンマもありますか?

もちろん生産者側としてはあると思います。ただし、外国から輸入される材と国産の材との性質の違い等は十分に理解する必要があります。またローカーボンの文脈では、輸送にかかる客観的なデータをもとに判断をすることが重要になると思います。長期的にサーキュラーエコノミーやエシカル消費の視点も取り入れて考えると、なるべく地産地消を推進することや、一次産業側を安定的に豊かにできるような枠組みをつくっていくことも必要になってきます。

併せて、とても難しい問題ではありますが、比較的規模の大きな建築に関わる機会の多い我々としては、調達に長い時間のかかる木材のようなオーガニックな材料と、短い時間で建物をつくらざる得ない現代の建築生産システムをいかに調停していくかという真剣に考えていかなければいけないということも感じています。

Q. 『新林』や「木を伐る活動」への反響はありましたか?

「実体験がないから、一緒に実体験をしたい」という反応が一番多かったです。これからは現地旅行代理店の方々とツアーパッケージのように、他の企業さん、他の地域にも展開していきたいと考えています。また、「森林に関する勉強会をやりませんか?」という問い合わせもいただきました。僕たちも森林経営のプロフェッショナルというわけではないので、そうした勉強会は一緒に勉強するスタイルでやっていきたいと思っています。一見、木から遠いところにいるIT系の企業の方からもお問い合わせをいただいたのは意外でした。

Q. このプログラムを通じて、どんな人材が育っていくことを狙いとしていますか?

「サステナビリティのリテラシーと実体験がある人」です。現場で何が起こっているのか、何がサステナブルなのかを根本的に考えられる人が育っていくといいなと思います。一次産業をきちんと理解している人は強いと思うんですよね。コンサルティングをする人こそ、実体験に基づいた知識を持っている必要があります。この活動での体験が、そうした知識に結びついていくことを願っています。

編集後記

木を植えることは「善」、木を倒すことは「悪」と短絡的に捉えられがちですが、現在の日本の森林をめぐる状況はそう単純ではないようです。建築の現場で木材が重宝されている一方で、林業の現場では高齢化による人手不足や資金不足が顕著になり、ますます多くの人工林が放置され、現場からは諦めの声もあがっています。

そうした状況を打破するためには、林業の現場の解決策だけに頼るのではなく、実際に木材を扱う人たち、そして建物や家具を利用するすべての生活者が、状況や問題を知ることが大切になるのではないでしょうか。実際に森林の風を浴び、音を聴き、木に触れられるこのプログラムは今後多くの人に「実体験にもとづいた知識」を提供してくれることでしょう。

【参照サイト】日建設計コンストラクション・マネジメント
【参照サイト】環境への取り組み

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