安価なイメージを変えて、持続可能な食文化をリードする。「明治 ザ・チョコレート」のこれまでとこれから

安価なイメージを変えて、持続可能な食文化をリードする。「明治 ザ・チョコレート」のこれまでとこれから

日本を代表するチョコレートメーカーである、株式会社明治(以下、明治)。同社のチョコレートやお菓子に親しんでいる人は多いと思いますが、彼らが2006年から15年にわたり取り組んできた、カカオの原産国への支援活動「メイジ・カカオ・サポート」についてご存じの方は少ないのではないでしょうか。

「メイジ・カカオ・サポート」は、明治の社員がブラジルやペルーといったカカオの生産地に直接足を運び、美味しいカカオ豆を持続的に栽培するナレッジの共有や、カカオ生産に必要な苗木や肥料といった物資を提供する産地支援活動です。そして、その活動を通して栽培された「サステナブル・カカオ」を使用してできたのが、スーパーやコンビニで一際目を引くお洒落なパッケージに包まれた、「明治 ザ・チョコレート」シリーズなのです。これまでのチョコレートよりも少し高級なシリーズであるにもかかわらず、このシリーズは発売からわずか1年もたたないうちに、3,000万枚を売り上げるヒット商品となりました。

明治 ザ・チョコレート

労力やコストのかかる産地支援活動を長年ひたむきに続け、その価値を消費者に届けることも成功させてきた明治。そこにはどんな想いがあったのでしょうか。今回は、2021年で15年目を迎えた「メイジ・カカオ・サポート」のこれまで、そして、彼らがチョコレートのリーディングカンパニーとしてこの先目指す持続可能な未来について、明治ホールディングス㈱サステナビリティ推進部の山下舞子氏に伺いました。

話者プロフィール

山下舞子氏
サステナビリティ推進部企画グループ長
2001年明治入社。菓子開発研究所を経て、2019年3月まで菓子商品開発部にてチョコレート商品全般の開発に従事。特に専任担当として携わった『明治 ザ・チョコレート』の開発においては、品質からパッケージデザインに至るまで幅広いディレクションを手掛けた。2019年4月より現部署へ異動。サステナビリティという観点で新たな価値創造に取組んでいる。

活動のはじまりは、“美味しいチョコレート”にかける情熱

「メイジ・カカオ・サポート」は、さまざまな方法でカカオ農家やその周辺地域を取り巻く環境を改善し、カカオ豆生産を持続可能なものにしていく活動です。

たとえば、高品質なカカオ豆を一定量生産するための栽培方法や病虫害の管理方法などについて学ぶ勉強会の開催。また、栽培に必要な苗木の供給センターの建設や井戸の整備、学校備品の寄贈など、カカオ農家だけではなくその周辺地域の生活を支援する活動も行ってきました。現在、支援先は、ベネズエラ、ブラジル、ペルー、ガーナなどを含む9ヵ国にのぼり、それぞれの地域に合わせたサポートを行っています。

支援活動の様子

この活動が始まったきっかけは、“本当に美味しいチョコレート”を追求するメーカーとしての純粋な想いだったと、山下さんは語ります。

「明治は、1926年に『明治ミルクチョコレート』を発売したときから、日本や世界の人々に“本当に美味しいチョコレート”を届けることを100年近くブレずに続けてきた企業であり、より美味しいチョコレートを常に探求してきました。

しかし、『メイジ・カカオ・サポート』がはじまる以前は、その主原料となるカカオが誰の手でどうやって作られているのかをあまりよく知ることができていなかったのです。そこで、より美味しいチョコレートを作るためには、カカオ豆の栽培や発酵の工程からきちんと自分たちで見ていく必要があると考え、カカオの原産地へと足を運ぶことに決めました。

そうしていざ原産地に入ってみると、カカオ栽培の知識や技術の不足、さらに産地の抱える森林破壊や児童労働、強制労働といったさまざまな課題を目の当たりに。そこで明治では、まずはカカオ農家の生活の安定を担保するための支援が必要だと考えました。カカオを作る環境や、カカオ農家の生活もきちんと持続可能な状態にしていかなければ、本当に美味しいチョコレート作りを極めたということにはならないと考えたのです。

生活を安定させるためには、収入源となる高品質なカカオを、継続的に栽培することが必要です。明治としても、美味しいチョコレートを作るためには美味しいカカオが一定量必要ですから、これはお互いにとって価値のある取り組みだと感じ、そこから細々とカカオ農家やその周辺地域への支援を開始しました。」

支援活動の様子

しかし、活動は最初、明治の支援の意味や必要性をカカオ農家に理解してもらうところから始まったといいます。

「たとえば、チョコレートの美味しさの5〜7割に影響するといわれているカカオの発酵作業は、原産地で適切に行なう必要があります。しかし、知識がないために発酵条件がまちまちで、本当は3日間発酵させる必要があるものを、次の日の生活費を稼ぐために1日だけ発酵させて出荷してしまったりしているカカオ農家が現地にはたくさんいました。それではやはり品質が安定しませんし、そのように中途半端に作ったカカオは、安い値段で買い叩かれてしまうことが多く、生活が安定しない要因にもなっています。

この状況を生み出してしまっているひとつの原因は、カカオの生産国とチョコレートの消費国が大きく分かれており、『カカオを作っているけれどチョコレートは食べたことがない』という人がたくさんいることです。自分たちの作ったカカオが最終的にどのように食べられているのかをイメージできないため、ひとつひとつの作業の必要性を理解することが難しいのです。

そこで、たとえばブラジルでは現地に2〜3週間滞在してカカオ農家と一緒に発酵条件の研究を行い、そこでできたカカオを日本でチョコレートに加工して再びブラジルに持って行くということを繰り返しました。そして、『この前この条件で発酵させたカカオがこんな風になるんですよ』と、味の良し悪しを確かめるフィードバックを行いました。そうやって、彼らの作業の意味を理解してもらいながら、美味しい発酵条件を探していきました。

カカオの収穫時期は多くて1年に2回ですから、この歩みは非常に地道なものでした。しかし、2006年からサポートをコツコツ続けてきたことで、私たちの追い求める美味しいカカオが徐々にできるようになってきました。」

ブラジルでの支援活動の様子

メイジ・カカオ・サポートがもたらした、生産地や明治社内での変化

カカオ農家との信頼関係を築くところからスタートした、「メイジ・カカオ・サポート」。活動を通して、カカオ農家や周辺地域の状況が改善されたことはもちろん、カカオの原産地の人々の内面にも嬉しい変化がありました。

「原産国のカカオ農家の方は、最初は私たちに対して『何しに来たの?』といった雰囲気でした。しかし、『一緒に美味しいチョコレートを作りたい』という想いを伝えることで、徐々に活動の重要性を理解していただけるようになり、私たちと一緒に作ったカカオでできたチョコレートが本当に美味しくなったのを実感すると、それを誇りに思ってくださるようになりました。

また、その農家で作ったカカオを使ったチョコレートを『サロン・デュ・ショコラ』()に出店した際には、ブラジルのトメアスーの農家の方々が会場に足を運んでくれました。そして、『自分たちのカカオを使ってできたチョコレートを、日本や世界中の人々がこんなに美味しく食べてくれているのだということを知り、とても嬉しい』と仰ってくださいました。それを聞いたときは、感動しましたね。」

※サロン・デュ・ショコラ:チョコレートの国際的な見本市で、毎年開催されている。

サロン・ドゥ・ショコラ

さらに、明治の社内にも、『メイジ・カカオ・サポート』を通して大きな変化があったと山下さんは振り返ります。

「2006年に社内研究所の専門スタッフが実際の活動を開始したときには、社内でこの活動を知っている人はほとんどいませんでした。また、認知されていても、お金がかかるうえにすぐに収益に結びつくわけではないこの活動の意味を十分に理解されていない雰囲気がありました。

しかし、活動を通して作られたカカオを使用した『明治 ザ・チョコレート』を販売していくなかで、お客さんと商談をする営業部門やマーケティング部門の人たちが、その価値に少しずつ気づいていったのです。すごくいいことしてるじゃん、と。難しい商談の局面でも、『苦労して作ったカカオを使用したこの商品だからこそ、頑張ろうと思えた』という話も聞きました。

“本当に美味しい”とは、どういうことなのか。それは、単純に味が美味しいとか、それを作るメーカーや食べる人だけが嬉しいと思うことでは決してありません。このような、ものづくりに真摯でありたいという私たちの気持ちや情熱を、この活動を通して社内に共有できたのではないかと思っています。」

カカオ栽培の様子

チョコレートの価値観を塗り替えるマーケティング戦略

カカオの原産地、そして明治の社内。関わる人たちに大きな影響を与えてきた『メイジ・カカオ・サポート』。最終的には『明治 ザ・チョコレート』シリーズを通して、消費者である私たちにもその価値は届けられます。

多くの苦労を経て作られた『明治 ザ・チョコレート』シリーズの価格は税込237円。明治の販売する一般的な板チョコと比較すると、120円以上値段が上がります。それにもかかわらず、同商品は発売から1年もたたないうちに3,000万枚以上を売り上げるヒット商品となり、そのお洒落なパッケージはSNSでも話題になりました。

山下さんは、そんな『明治 ザ・チョコレート』シリーズを販売するにあたり、パッケージを通した消費者へのメッセージの伝え方には特に工夫を凝らしたそうです。

「ビジネスはお客さまに買っていただくことでこそ成り立つものですから、一般的なチョコレートよりも少し高い値段のチョコレートを、どれだけお客さまに買っていただけるのかが重要でした。そして、そのためにはまず、一般的な人々が持っているチョコレートに対する価値観を変えなければ、と考えました。

というのも、そもそもチョコレートがカカオというひとつの農作物からできているものだということを知らない方もたくさんいます。カカオはりんごのようにそのまま食べられる果物ではありませんから、チョコレートに産地があるということは想像しにくいのですよね。それに、チョコレートって自動販売機のボタンをポチッと押したら出てくるような、どこか工業製品っぽい感じがしませんか?(笑)

そんな風にチョコレートを簡単に作ることができるものだと思っている世の中の大半の人たちに、チョコレートはカカオからできていて、これだけの“てまひま”がかかるのだということを知ってもらわなければいけないと思い、それを伝えるためにはどうしたら良いのかを考えました。

また、スーパーやコンビニという場所は日常のなかにありますから、お客さんのほとんどは、少しでも安いお肉や卵を買おうとしますよね。そのなかで、一般的な板チョコより120円以上高いチョコレートを買うテンションになってもらうには、どうしたら良いのか。

スーパーやコンビニで売られている一般的なお菓子のパッケージは、赤や黄色などのハッキリした色を使い、いかに他社の商品よりも目立たせるかということに注力してデザインされています。また、中身が何味で、どういう食感なのかなどをわかりやすく表現するため、チョコレートがトロリと出てくる絵や、『ザクザク食感!』というようなキャッチコピーが使われます。そういったもののなかに、一般的な板チョコの倍以上の値段がするチョコレートが並んだときに、今までの表現方法では差別化が難しいなと思ったのです。

そこでたどりついたのが、とにかく“世界観しか伝えない”こと。チョコレートの写真も、食感を表すコピーも入れません。自分たちがチョコレートづくりにこめた想いを世界観として表現するため、今までのパッケージワークを捨て、イチからコンセプトワークをして作り上げました。」

明治 ザ・チョコレート

『明治 ザ・チョコレート』シリーズのパッケージの特徴は、クラフト調ベースカラーの上に鮮やかな色で描かれた、カカオの実の絵です。リニューアルを経てその色や柄は少しずつ変わっていますが、カカオの実が一番目立つように描かれている部分は変わらず、チョコレートがカカオという実から作られていることをメッセージとして伝えています。また、カカオ豆の下の矢印には、カカオ豆の焙煎からチョコレートの製造を一貫しておこなう手法を表す「BEAN to BAR」の文字。明治の地道な取り組みによる特別なチョコレートであるということを伝えています。

さらに、2021年9月のリニューアルでは念願だったパッケージでの産地訴求を実現。カカオの実の絵の上部に、ベネズエラやペルーといった産地の名前が目立つように入れられています。

「当初は、『これではチョコレートだってわからない』『これはいったい何味なんだ?』といった意見が社内でもたくさんあがりました。そういった疑問にはお客様の評価を調査した結果などを提示しながら社内を説得し、とにかくこのチョコレートならではの価値を伝えることに挑戦しました。

そして、こうやって継続的にメッセージを伝えてきたことで、チョコレートがカカオという作物からできていることを最近やっと消費者にわかっていただけるようになってきたのかな思います。2020年のパッケージリニューアルのときに産地訴求できたときは、とても感慨深い想いでしたね。」

明治 ザ・チョコレート

美味しいチョコレートを作り続けるために

2021年で15年目という節目を迎えた「メイジ・カカオ・サポート」は、今後も続いていきます。2021年9月には、次の5年間で産地へ寄贈する肥料やカカオの苗木の具体的な数値目標も策定されました。

そんな明治がこの先目指すのは、日本において、チョコレートの産地を大事にする食文化を作っていくこと、そして引き続きあらゆる方法でカカオの産地を守り、美味しいチョコレートを世界中の人に届け続けることだといいます。

「日本におけるチョコレートの産地や背景を大切にする文化は、ワインやコーヒーと比べるとだいぶ遅れています。今はワインやコーヒーの産地が当たり前のように語られるようになっていますが、これは人々が少しずつ知識を蓄え、何十年もかけて形成された食文化なのです。チョコレートはまだその道半ばですが、産地を大事にする食文化そのものを、明治が率先して作っていきたいと思っています。

最近日本でも、カカオ豆の焙煎からチョコレートの製造まで一貫して行ったチョコレートを販売する『bean to bar』のお店が増えてきました。同じ想いを持つ専門店の方々ともつながりを作りつつ、一緒に良い空気感を作って行けたらと思います。」

また、近年世界中の課題となってきている気候変動や社会問題に対しても、自社でできることに取り組んでいくとのことです。

「この先、気候変動の影響で、カカオの収穫量が減っていくことが懸念されています。いちメーカーの力で地球温暖化を止めることはできませんが、自分たちがやれることはやっていくつもりです。

そのひとつとして、明治は2020年3月に自社で使うカカオを全て『メイジ・カカオ・サポート』を通して作った『サステナブル・カカオ』に切り替えていくという目標を掲げました。そのために、カカオ豆の購入にプラスオンをする形で、森林破壊抑制につながる活動を支援していきます。また、これまで通り、植林や森林の再生を考慮したカカオ栽培の強化などにも取り組んでいきます。

カカオの生産地の課題は貧困の問題でもありますから、その解決のために活動している団体にも企業として加わっています。

環境を守ることや社会問題を解決することは、ひとつの国や企業だけでは絶対に達成できませんから、さまざまな人たちと協力してやっていけたらと思っています。」

編集後記

近年、SDGsやESG投資に関連する流れの加速を受け、ビジネスそのものをよりサステナブルな方向へ転換していくことを迫られている企業が増えてきています。しかし、近年のそうした流れが起こる以前から、ものづくりに真摯でありたいという想いを追求した結果、ステークホルダーである生産者や環境を大切にするアクションが生まれてきたという部分に、明治の本質的なサステナビリティが現れていると感じました。

さらに、これまでの常識を捨てて挑戦した、パッケージでのマーケティング戦略にも、消費者へ自社のメッセージを伝えたいと思っている企業にとって、多くのヒントがあったのではないでしょうか。

「世界中の人が笑顔で健康でいられる未来社会をデザインすること。」次の100年を見据え、このようなミッションを掲げる明治に、今後も期待したいです。

【参照サイト】株式会社明治
【参照サイト】明治 ザ・チョコレート
【参照サイト】ザ・チョコレートのカカオ産地での取り組み

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