リーダーも社員も同じSDGs初心者だから。皆で“学びながら”サステナブルな飲食店を目指す「KIGI」の奮闘記
2020年はレジ袋の有料化によりエコバックが浸透し始めたり、国内の総発電量に占める再生可能エネルギーの割合が23.1%(昨年比+3.5%)に大幅に増加したりと、環境への配慮を前提とした社会的な動きが日本国内でより見られるようになってきた。IDEAS FOR GOODでも、サステナビリティを意識した事業や研究について紹介してきた。
こうした成功事例はもちろん世に知れ渡るべきことで、発信していくことは大事だが、どうしても「成功した結果」だけにフォーカスされてしまい、そこに行き着くまでの葛藤やプロセスまで知る機会は少ないのではないだろうか。
今回紹介するのは、現在進行形で地球規模の社会課題に全力で取り組む永田町にある和食料理屋『KIGI』だ。
KIGIは、2019年3月に東京都・千代田区にオープンした和食料理店だ。永田町のオフィス街の街並みにうまく溶け込みながらも、人々を安心させる心地よい空気を醸し出す。産地で出会ったおいしい感動をそのままお客様に伝えるために、採れたての魚や野菜にこだわるKIGIでは、今レストランのサステナブル化に向けてアクションを起こし、変化している。
たとえば、毎週月曜日を「肉を食べない日(Meat Free Monday)」に設定したり、食材をフェアトレード商品や有機のものへ切り替えたり、生ごみのコンポストを始めたりと、今年の夏から新たにスタートした取り組みが数多くある。
そんなKIGIを引っ張っているのは、つい一年前までSDGsという言葉も知らず、環境問題に意識を向けたことがなかったというサステナブルデザイン室長・表さんとフードデザイン室・中神料理長だ。本記事では、サステナビリティの成功事例としてではなく、奮闘している彼らのありのままの姿をお伝えしたい。
話者プロフィール:表さん
2010年Innovation Design創業と同時に入社。ハウステンボスの事業再生プロジェクトを受け持つ。2012年から5年間に渡り、港区芝のThe Place of Tokyo開業・運営プロジェクトマネージャーを担当。その後、スリランカに渡りホテル開業プロジェクトにて、オペレーション、ブランディング、人材、コストの管理を行う。現在はサステナブルデザイン室長として社会的課題の解決に取り組む。
話者プロフィール:中神さん
和食料理人の父を持ち、自らも料理人の道へ進む。福岡県、海の中道に位置するTHE LUIGANSの料理長を経て、自身の割烹料理屋をオープン。その後、柳川市の70年の歴史ある老舗料亭の総料理長として経営再建に貢献する。2018年Innovation Design入社。FOOD DESIGN室マネージャーとして、溜池山王のレストランKIGI(キギ)、横浜みなとみらいのレストラン KITCHEN MANE(キッチンメイン)を立ち上げる。現在はサステナブル・レストラン協会に参加しフードシステムのサステナビリティ推進を目指し活動する。
人の未来を良い方向に変えていくミッションとSDGsの目標が違和感なくフィット
KIGIを営むのは、Innovation Designというコンサルティング会社だ。企業の事業再生やホスピタリティ産業を通して、地方創生を行っている。こうした再生事業に取り組む中で同社がモットーにしているのが、「人にこだわること」だと、表さんは話す。
そんなKIGIは2019年3月の開業当時、環境問題への意識はほとんどなかったという。サステナビリティへの取り組みに舵を切ることになったきっかけを表さんに伺ってみると、ターニングポイントが3回あったと教えてくれた。
「まず1回目のターニングポイントは、Innovation Designが運営する“おみやげを通して社会問題を解決する”というコンセプトのhaishopという店で出会った1人の農家さんでした。横浜の市場で廃棄されてしまう野菜や果物を乾燥させ、国産無添加のドライフードにして販売する取り組みを行っている方で、この出会いが食品ロスの社会問題について、初めて意識するきっかけとなりました。そこからInnovation Designが展開する『Refoodプロジェクト』も始まりました。」
「去年の12月にSDGsを知ったとき、SDGsの17のゴールが、より良い未来を作るという会社の理念にも違和感なくフィットしたのです。それからすぐに、『“ひと”と企業の未来を描く』という会社のビジョンを『“ひと”と地球の未来を描く』に変えました。」
「ビジョンを変えたとき、社員全員分のSDGsのバッジを手に入れたのですが、あえてその場で社員には配らず、ロッカーに入れたままにしていました。社員に対してSDGsの取り組みを会社からの押し付けにしたくはなかったし、バッジをつけていても、内容を知らないと意味がない、と思ったからです。『私たちはこういう想いをもって事業をやっているんです』と、社員全員が下手でもいいから自分の言葉で答えられるようになって欲しかった。だからまずは自分自身で理解するためにセミナーに出たり、コロナ期間の休業中もみんなでひたすら勉強したりしました。」
「2回目のターニングポイントは2020年2月に開催された『サステナブル・ブランド国際会議2020横浜』に参加したことでした。世界では様々な問題が起きていて、その問題に取り組む素晴らしい団体、企業、行政、教育機関があることを知り、一気に視野が広がりました。そこから“地球規模で考えてローカルで行動する”ということをスタッフ全員に伝えるようになりました。」
評価制度によって、一企業として地球と共生する道が明確に
そうして少しずついろいろな情報を得ていくうちに、KIGIは日本サステイナブル・レストラン協会(SRA)(※)に出会った。この出会いが、3つ目の大きなターニングポイントになったと、表さんは続ける。
「会議やセミナーなどでサステナビリティに取り組んでいる企業の話を聞くと、みんな成功体験を語るので、綺麗なストーリーになっているんです。しかし私たちは、ただの綺麗事だけではビジネスにはならないと思っていて。SDGsウォッシュという言葉もありますが、自分たちの事業をそうした見せかけのものにはしたくないと思っていました。一方で、情報が錯綜する中で目指したい方向は明確なのに、何を基準にどこから取り組んだらいいのかわからずもやもやしていたのです。」
「そんなとき、今年の8月にSRAの加盟店となったことで、飲食店でサステナビリティを推進していく上での指標を知ることができたんです。自然エネルギーや海洋汚染問題などの地球課題が、大きく10個のテーマにカテゴライズされた250個の質問項目を見たとき、一企業として地球と共生する道が明確になり、一本の筋が通ったように感じました。」
「今までは、飲食店として集客をして売上を伸ばすことがミッションだったので、もしかしたら『とにかくインスタ映えする料理を作って欲しい』と、料理長にオーダーしてしまう可能性もあったわけです。だけど、それで良いのか?それでお客さんが増えればミッション達成なのか?という疑問が残りました。」
「SRAに加盟して、レーティング項目を読み込んで勉強する中で、『肉食は環境負荷が高いから減らしたほうがいい。じゃあ肉を使わない日を作って、その料理をSNSにアップしよう』と、飲食店で出す料理そのものではなく、料理の背景にある課題を発信することが大事だと思うようになったんです。今は小さなことでも、まず僕たちが地球に対して貢献できることを発信しています。」
※ 2010年にイギリスで創設されたSustainable Restaurant Association(SRA)は、外食産業のサステナビリティを高めることをミッションとしている。日本SRAは、イギリスのSRAと連携を取りながら、国際基準のサステナビリティ格付けを軸に日本における飲食業界のサステナビリティを推進している。
「お通し」ではなく「お裾分け」。言葉を変えて、気づきを与える
KIGIがサステナブルな活動を発信するようになってからのお客さんの反応を伺うと、「最近は、エシカルに興味のある層も増えており、これまで出会わなかった新しいお客さまにも出会えるようになりました。」と、表さんは話す。KIGIはお客さんに、こうしたサステナブルな取り組みに関してどのように伝えているのだろうか。
「お店では、最初にお客さまにお出しする一品を『お通し』ではなく『”OSUSOWAKE”』として無料で提供しています。日本には、もともと余り物を近所にあげるお裾分けの文化がありましたよね。それと同じように、賄いで作りすぎてしまったものや、農家さんが廃棄してしまう規格外野菜など、本来であれば捨ててしまう食べ物に新たな命を吹き込み、付加価値をつけてお客さまに提供しています。また、余り物を持ち帰りできる海外のドギーバックのような制度も『“ORIZUME”』として行っています。こうした取り組みをウェディングの下見にやってきた新郎新婦さんにお話しすると、結婚式の当日に自らタッパーを持ってきてくれたこともありました。」
みんなで勉強をしながら社内に浸透させ、アクションにつなげる
SDGsやサステナビリティに取り組む企業は増えてきているが、多くのCSRやサステナビリティ担当者が抱えている問題が、社内のメンバーにその重要性を伝えていく難しさではないだろうか。そうしたハードルを、KIGIは勉強会を開くことで乗り越えたと、表さんは話す。
「SDGsや環境問題への取り組みが大事だと自分自身が理解したのはいいものの、次は社内の従業員にその大切さを理解してもらい、一緒になって進めていく必要がありました。『SDGsって、社長とマネージャーだけがやっているものだよね』では意味がない。初めは月に一回お店を休業し、1日かけてSDGsに関する勉強会をすることにしました。」
「たとえば、SRAの評価項目に『平飼い卵を使っていますか?』という質問項目があるのですが、高評価をとるためならば、単純に平飼い卵を買えば良いですよね。ただ、行動を表面的に変えるだけだと、社会問題の解決につながらないし、自分たちがお客様に伝えることもできません。なぜ平飼い卵を買うべきなのかという、項目の背景にある社会課題について理解する必要があると思い、社員全員に一人ひとつのテーマを調べてもらい、プレゼンテーションをしてもらいました。」
「あるスタッフは海洋プラスチック問題についてプレゼンをし、そのまま社内でペットボトル禁止を呼びかけ、マイボトルを普及させました。『うちに4個マイボトルあるけどいる人〜?』『かっこいいマイボトル使おう!』と、社内で声が上がり、すぐに全員がマイボトルを持つようになりました。」
「あとは店舗内で、小さくても“循環”を目に見える形にするために、コンポストを始めました。LFCのコンポストバックを4つ購入し、あるスタッフをコンポスト大臣として任命。管理をしている姿の写真を撮ってLINEグループに流したところ、他のスタッフも協力しながら『今日は私が野菜を細かく切ります!』や、『最近虫がひどいんです〜』と言いながら、試行錯誤して進めており、楽しいです。」
「最近は料理長がナスのヘタや、人参の皮も全部料理にアレンジしてくれるようになり、生ごみ量がものすごく減りました。全員で勉強すれば全員が興味を持つし、会社の方向性を理解してもらえます。勉強会を通して、社会問題・環境問題が自分ごとになり、みんな同じ方向を向き始めたのです。そしてそれぞれ社員の中からいろいろなアイデアが浮かび、アクションにつながっていきました。」
「そして、その勉強会の日、初めてみんなにSDGsバッジを配ったんです。」
持続可能な食材調達の難しさと葛藤
こうしてスピード感を持ってアクションを起こし続けているKIGIだが、もちろん難しい部分も多い。たとえば、サステナブルシーフードの調達には苦戦していると、中神料理長は言う。
「ASC認証やMSC認証などのサステナブルシーフードの認証がついたものを使うには、かなりコストがかかり、ひとつの飲食店で調達するのはどうしてもハードルが高いんです。また、とある業者さんが卸している認証品のシーフードが海外のモノだったことがあります。そうしたときに、輸送の問題を考慮し、認証品ではないけれど国産品を選ぶべきか、認証品だけれど外国産を選ぶべきか、選択が難しく迷ってしまったこともあります。」
「その中でKIGIができることとして、今までは自分たちが使いたい魚を仕入れていましたが、最近は市場に出回らない魚を積極的に仕入れています。以前、福岡の漁師さんと一緒に、船に乗せてもらい、網に引っかかったお魚を全部一旦あげる『置き網漁』の現場を見たことがあるんです。一旦網にかかった魚の中でも、市場に流通しない雑魚は、海にそのまま捨てたり、規格に合わない魚は養殖か水族館の魚の餌になり、とても安く売られたりするんですね。でも実際これらは、食べられる魚なんです。KIGIでは、そうした魚を購入し、お客さまに美味しく食べてもらうようアレンジしています。他にも、なるべく一本釣りの魚を使ったり、産卵期を迎えた魚を避けながら調達したり(※)と、持続可能な水産資源を守ることを意識しています。」
※ 産卵期の魚を捕獲すると翌年の魚数に大きな影響を及ぼすため禁漁期間が設定されている。
コストを気にしていたら何も始められない
さらに、現在フェアトレード商品を取り揃えるよう切り替え始めているが、これらも苦戦している状況だと中神料理長は続ける。
「オリーブオイルや黒胡椒、クミンなどのスパイス、調味料などは、フェアトレード品を購入しようとすると、業務用は20キロ単位だったり、1コンテナだったり、最低ロットがかなり大きいんですよね。フェアトレード商品を仕入れても、使いきれずに食品ロスになってしまっては、本末転倒。なのでこうした調味料については、今は業者さんに業務用商品の製造を依頼中です。これまで産地を気にしたこともなかった片栗粉や醤油、砂糖なども、国産のものに変えました。」
「全て国産やフェアトレード商品に切り替えようとすると、正直価格は全然違います。しかし、ただ国産のものを使えばいいわけではなく、今はその背景にどんな問題があるかを理解していますし、それをお客さんに伝えていくことに意味があるので、コストは度外視してやっています。コストを気にしていたら何も始められないですしね。」
食材調達以外にも、パワーシフトはインパクトが大きいので、欠かせないという。KIGIはテナントなので、電力会社を自分で選ぶことができない。その中でも、J-クレジットという、省エネルギー機器の導入や森林経営などの取り組みによる、CO2を含む温室効果ガスの排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証する制度を利用するといった小さなところから挑戦しているという。KIGIの挑戦は、まだまだ始まったばかりだ。
編集後期
KIGIの魅力は、変化に柔軟な社風と、このスピード感だ。8月に新たなミッションを設定して以来、上記で紹介したように数々の施策を取り入れている。取材の中で、表さんの下記の言葉が特に印象に残っている。
「何でもすぐにできるわけではありません。とにかく一人一人が行動することが大事です。プライベートでやることも大事ですが、企業が本気で課題解決に取り組んだら、もっともっと大きなインパクトを残せるし、そこで働いているスタッフのライフスタイルも変化すれば、さらにインパクトは広がりますよね。どんな問題を解決するにしても、なにかしらネックがあって、簡単に解決できるものはありません。できない理由をみつけるのは楽ですが、できない理由をならべて躊躇するより、どうやって解決しよう、と考える方が楽しいです。」
そう話す表さんの表情はイキイキとしていて、少年のような目をしていた。
失敗を恐れて立ち止まるのではなく、変化しながらトライアンドエラーも受け入れつつ、真正面から課題に立ち向かうKIGIの姿は、今後も多くのひとたちに希望を与えてくれるだろう。これからもKIGIが起こすInnovationから目が離せない。
【参照サイト】 KIGI
Edited by Erika Tomiyama
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。
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