森を循環させる太鼓。フランス人デザイナーとのコラボで見えた、日本のものづくり精神性
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
「古来太鼓は日本人の祈りと共にあって、人々の魂を奮わせ、心を癒し、繋いできた」
太鼓や神輿、祭りや芸能で使われる楽器や道具をつくり続けて160年の老舗企業である宮本卯之助商店は、太鼓についてそう表現する。 日本における太鼓の歴史は、およそ紀元前500年頃からはじまっているといわれ、お祭りなどで神に捧げる音楽として日本文化のなかで大切にされてきた。
そんな太鼓をつくる宮本卯之助商店が、江戸東京の伝統に根差した技術や産品などを新しい視点から磨き上げ、世界へと発信していく「江戸東京きらりプロジェクト」の採択事業として2022年3月に「森をつくる太鼓プロジェクト」を始動。間伐材を活用した太鼓を制作・販売、その太鼓の音色を体感する「はじまりの森」イベントを実施してきた。
今回、その中でフランスのプロダクトデザイナーとコラボし、約160年の歴史の中で初めてリプロダクトに挑戦した「The Curve」シリーズを発表。これまで課題視されてきた、製造規格に達しない太鼓の胴を活用したアートプロジェクトである。
今回は、宮本卯之助商店の代表取締役社長である宮本芳彦氏に、「森をつくる太鼓プロジェクト」発足の経緯や、フランス人プロダクトデザイナーとのコラボ「The Curve」から見えた日本のものづくりの根底にあるサステナビリティの考え方、今後のプロジェクトの展望などを聞いた。
話者プロフィール:宮本芳彦(みやもと・よしひこ)氏
株式会社宮本卯之助商店 代表取締役社長。1975年生まれ。慶應大学経済学部卒。英国ウォリック大学大学院国際政治経済学修士卒。2010年より太鼓・神輿・祭礼具製造販売を行う株式会社宮本卯之助商店代表取締役社長に就任。祭と伝統芸能の保存と発展のため、和太鼓スクールヒビカス、アメリカ支社kaDONの設立、森をつくる太鼓プロジェクトなど新たな取り組みを広げている。
お祭りで使う道具自体を、自然と共生する形でつくれないか?
太鼓や神輿など、祭りや芸能で使われる楽器や道具をつくり続けている宮本卯之助商店。そんな日本の「祭り」に関わる同社が、「自然との共生」を掲げる今回のプロジェクトに取り組むことは、ごく自然な流れであったと、宮本氏は語る。
「そもそも昔から日本人にとってのお祭りは、厳しい自然と共生するため、自然への畏怖や感謝、地域の豊作を願うために行われてきた行為。私たちがつくっている太鼓は、そこで使われてきた楽器です」
「日本はいろいろな自然の中に神様がいるという感覚を持っています。日本のものづくりは、いろんな意味で根底に“無駄にしない”精神性が宿っている。私たちがつくっている太鼓や神輿は、神事で使われる以上、自然からいただいたものを大事に使わなければなりません。もの自体に、そうした精神的な意味合いを込めていくというのが、日本のものづくりにあり、八百万神(やおよろずのかみ)のような考え方に繋がっているのではないでしょうか。日本人は、お祭りをすることで、自然と交信しているというところがあるんです」
そんな自然と人間をつなぎとめる「お祭り」で使う道具自体を、自然と共生する形でつくれないか──「そう思っていたときにコロナ禍に入り、日本でのお祭りも全部ストップ。考える時間もできたので開き直って自分のつくりたいものをつくってみようと思ったんです」
「そうして始まった『森をつくる太鼓プロジェクト』は、サステナビリティを意識したというよりは、原点に戻り日本人がこれまで培ってきた価値観に合うものづくりのあり方を考えたとき、ある種あたりまえの日本人の感覚を現代的なコンテクストの中に落とし込んでいったという感覚です」
東京の林業の課題と工芸を組み合わせることで、アートと環境を豊かに
これまで、太鼓に使われていた木は、価格や品質だけが重視され、その背景にあるものなどは考慮されてこなかった。
「たとえば大太鼓は、ものすごい年数をかけて育ったような木を使うんですが、段々とそうした木が日本になくなってしまい、90年代を過ぎたあたりから輸入の木材ばかりを使うようになっていました」
そんな中、東京の西にある檜原村の林業ベンチャーである「東京チェンソーズ」との出会いは、宮本氏にとって大きなものとなった。
「東京は大都会のイメージがありますが、実は森林面積が4割もあるんです。しかし、戦後に植林されたスギやヒノキ、サワラなどの人工林は樹齢60年に達しているものの、活用されず、豊かな森からは程遠いのが現状。安い外材などが使われていることが原因で、林業としては衰退しかけていることを知りました。こうした木材を、我々が工芸と組み合わせることで、東京のアートと環境の両方を豊かにできないかと、プロジェクトに発展したんです」
そうして東京チェンソーズ社と共に、森をつくる太鼓プロジェクトの第一弾として、東京のスギを使った桶太鼓が出来上がったのだ。東京チェンソーズ社が所持する森林は、国際森林認証の規格FSC認証をクリアした森林でもある。宮本卯之助商店は、FSC認証を取っている森林素材を使って物をつくるためのCOC認証も取得。FSC認証のついた太鼓を世界で初めて開発したのである。
「今、消費社会の中にいる私たちは、利便性に追われ過ぎてしまっていると感じます。一方で、アートというのは純粋に、機能的なことや利便的なことではなく、“豊かさ”というものを生み出してくれるものだと思うんです。森をつくるプロジェクトでは、そういった豊かさを届けたいです」
人と人を繋ぐ太鼓のソーシャルな側面
「東京チェンソーズさんの森を訪ねたとき、『ギリシャの古代劇場みたいだな』と思ったんです。ここで太鼓を演奏してみたいという発想から開催したのが木々に囲まれた演奏会『はじまりの森』でした」
イベントでは、実際に檜原村の木材から生まれた太鼓を、その森で演奏。イベントには、100名もの人が集まったという。
「自然の中で気持ちいい空気を吸って、太鼓の音を聴く。森から生まれた楽器が森に帰り、木とコミュニケーションをとるような、コンサートというよりはユニークな時間と体験を共有するようなイベントでした」
自身も、大の祭り好きであるという宮本氏。祭りを通して人と人が繋がっていくことが好きだという。
「今の社会は段々と個人主義的になっていますが、祭りがある場所には自然とコミュニティができてくる。たとえば東日本大震災の後も、浅草という場所に行けば食べ物にはきっと困らないだろうといった安心感がありました。コミュニティをつくる、ある種そのデバイスとして、太鼓や祭りが、存在しているんです」
フランスデザイナーとのコラボで見えた、日本のものづくりの時間感覚
木材としての利用価値を失い、放置されてしまっていた人工林の木々の活用に焦点を当てている「森をつくる太鼓プロジェクト」だが、役目を失った木材は他にも存在する。第二弾となるアップサイクルプロジェクト「The Curve」で目をつけたのは、太鼓になることができず、捨てられてしまっていた端材だ。
太鼓は最低でも80年以上かけて成長した1つの大きな幹を削り出し制作するが、太鼓になるため曲線に木取りされたものの、割れて使えない胴が保存されていた。木材の中には、割れや虫食い、大きなフシなど太鼓づくりに適さないものや、太鼓が何十年も使われる中で壊れてしまった木片などもあった。「The Curve」では、長い歴史の中で、太鼓づくりの途中で出てしまうそうした素材をスツールに変えた。
「The Curve」は東京都とパリ市との連携事業としての、パリ市「Bureau du Design, de la Mode et des Métiers d’Art(BDMMA)」所属のフランスのプロダクトデザイナー、ピエール・シャリエ氏との共同制作。ピエール氏のこれまでの作品は、音に関係するプロジェクトが多く、日本の工芸についても知識が深いということで今回のコラボレーションに至ったという。
今回のフランス人デザイナーであるピエール氏とのコミュニケーションを重ねるなかで、改めて見えてきた海外と日本独自のものづくりとの違いを尋ねてみた。
「時間感覚でしょうか。伝統工芸など、日本のものづくり分野の時間感覚というのは、ものすごく長いなと思います。僕たちがつくる神輿や太鼓は、20年30年を経て、修理に戻ってくるようなもの。そしてまたそれが20年30年使われ、平気で100年を超えていく。そんな長く使えるものをつくっていますが、フランス人デザイナーのピエールさんにとってはそうした時間感覚のために技術を磨いていることはなかなかないようで、驚いていましたね」
祭りで使う道具も、次の世代に受け継ぐために大切に修理しながら使われており、宮本卯之助商店はこれまで、そうした道具の寿命を延ばす役目も担っている。
東京の森の木を使う循環を生み出していく
宮本氏は、太鼓の曲線を利用して別のものに変えることで、もっと多くの人たちに日本の伝統工芸技術を伝えていくことができると話す。
「太鼓は、最後に太鼓職人の手かんな技術によってやわらかな曲線になるのですが、手かんな技術はそれほど多く残っている技術ではありません。それを私たちが、珍しい素材と技術を掛け合わせ、もっと生活に近い見て楽しむようなプロダクトをつくることで、また違う世界が見えてくるのではないでしょうか。今回のコラボレーションはスツールでしたが、それはトレーであってもアート作品であってもいい。何になるのでもいいんです」
これからも、「森をつくる太鼓プロジェクト」は多様な人々とのコラボレーションが予定されている。
「東京の森の木を使う循環をどんどん今後生み出していくという意味では、自然からいただいたものを余すところなく活用し、それがきちんとお金になっていくことで技術や産業が続いていくと思っています。何か規格に合わせてつくるものがすでに決まっている時代から、すでに素材としてあるものを、何らかの社会に役立つプロダクトとして世に出すことを企業として取り組んでいきたいです」
コラボレーションで展開していくなかで、アイデアの持ち込みも大歓迎だという。本プロジェクトに興味を持った方は、「森をつくる太鼓プロジェクト」のサイトをのぞいてみてはいかがだろうか。
【参照サイト】宮本卯之助商店
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