ソニー・ヨーロッパとロンドンのDesign Museumの連携から見る、欧州のサステナビリティ・コミュニケーション

ソニー・ヨーロッパとロンドンのDesign Museumの連携から見る、欧州のサステナビリティ・コミュニケーション

企業が新しいサステナブルなソリューションを世に送り出すとき、課題となるのが消費者とのコミュニケーションです。素晴らしいプロダクトを開発したとしても、その魅力が十分に伝わらなかったり、誤解を与えるような伝え方になったりしてしまうと、商品開発の努力が報われないこともあります。

最近では、消費者の厳しい視線がコミュニケーションの難しさに拍車をかけていると言えます。「本当にこれはサステナブルなのか?」「購入に値するものなのか?」──サステナビリティやSDGsの文言を多く見かけるようになったからこそ、一つ一つの商品に懐疑的な目線が注がれることも多くなりました。

今後、企業には消費者目線で「買いたくなる」プロダクトを作っていくことが求められるのと同時に、あらゆるステークホルダーの視点を考慮し、ときには彼らを商品づくりの過程に巻き込んで、一緒に価値を生み出すことが求められるようになってきます。「企業は利益を生み出しさえすれば良い」という考え方は、現在多くの場所でもはや通用しなくなっているためです。

消費者だけではなく、デザインやアートの領域、教育分野など、幅広いステークホルダーとユニークなコミュニケーションをしている一つの事例がソニー・ヨーロッパです。同社はイギリスに本拠を構え、ロンドンのミュージアムへの出展のほか、学校へのマテリアルサンプル提供なども行っています。

消費者がサステナビリティへ注ぐ目線が特に厳しいと言われている欧州で、ソニー・ヨーロッパが意識するコミュニケーションとはどのようなものなのでしょう。そして、幅広いステークホルダーとのコミュニケーションのポイントとは。デザインチームを率いる田幸宏崇氏にお話を伺いました。

話者プロフィール:田幸宏崇(たこう・ひろたか)

田幸さんソニーヨーロッパ でデザインセンターヨーロッパのディレクターとしてイギリスとスウェーデンのデザインチームを率いる。
千葉大学工業意匠学科で空間デザインを専攻後、TOTOを経て、2003年ソニーへ入社。06年から4年半イギリスのデザインセンターヨーロッパに駐在し、欧州向け製品の開発やデザイン、二度のミラノサローネ出展に携わる。帰国後はテレビ等ホームカテゴリー、R&D及び新規カテゴリーにおけるプロダクトデザイン、コミュニケーションデザイン、ユーザーインターフェースデザインを含む包括的なクリエイティブディレクションを担当。2020年より現職。iF Design賞GOLD、Good Design賞金賞、Red Dot Design Award Best of Best、全国発明表彰経済産業大臣賞等、多数受賞。

ロンドンのDesign Museumへの出展

ロンドンのDesign Museumは、その名の通り「デザイン」に特化したミュージアムであり、グラフィックやファッション、商品、工業製品、建築などのあらゆるデザインに関する展示・企画展を行っています。2021年10月から2022年2月には、「『ごみの時代』にデザインには何ができるか」を問いかける「Waste Age: What can design do?」が開催されました。この企画に出展したことは、ソニー・ヨーロッパにとって、願ってもみない機会だったといいます。

(以下、括弧内は田幸さん)「もともとDesign Museumとつながりがあったことに加え、ソニーでは、サステナブルでユニークなマテリアルを開発しているので、それらを紹介する絶好の機会だなと思いました。私たちの方からいくつか展示品候補を出して、その中からキュレーターが選んだのが『トリポーラス』、『オリジナルブレンドマテリアル』という素材でした。

そしてせっかくなら、ソニーが持つテクノロジーとデザインを掛け合わせたデジタルコンテンツも作れたらいいなと思い、センサーを使ったインタラクティブアート作品も創作することになったのです。」

実際に展示されたもの

1. トリポーラス

waste age
日本だけで年間約200万トン、世界中では年間約1億トン以上も排出されている「もみがら」。この余剰バイオマスを活用し、つくられた素材がトリポーラスです。トリポーラスは、そのサステナブルな由来に加えて、素材自体に消臭効果を備えています。そのため、衣服をはじめ幅広い製品への活用が期待されており、現にユナイテットアローズやA-POC ABLE ISSEY MIYAKEの商品などにも使用されています。

2. オリジナルブレンドマテリアル

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オリジナルブレンドマテリアルは、プラスチックから環境負荷が少ない資源への切り替えを目指して作られた「紙の」素材です。原材料は竹、さとうきび、市場回収リサイクルペーパー。様々な商品に使用できるよう強度や軽さも担保されています。また、エンボス加工もできることから、インクを使わずに素材に文字を入れることが可能です。

3. Life from Light

waste age
今回の企画展のために制作されたインスタレーション。来場者が森の隠れた生命とつながりを感じられるようになっています。 来場者が画面を横切ると、動きに合わせて生命体が光り、音響も呼応します。通りがかる人数によっても動きや音が異なるようデザインされており、来場者が自然の一部であることを体感できる作品です。

ミュージアムの理解と対話を怠らないことで、はじめて築ける関係性

企業の活動は常に他社や消費者とのつながりのもとに成り立っています。そんな中、ミュージアムと関係を構築している企業は少ないように感じますが、そもそもソニー・ヨーロッパは今までどのようにDesign Museumと協力関係を築いてきたのでしょうか。

「もともとDesign Museumとのつながりは深く、Sony Designの展示会をしてもらったり、Design Museumにソニーからプロダクトを譲渡していたりしていました。そうした関係性だったこともあり、常日頃コミュニケーションを取っている間柄です。彼らとの会話の中で、例えば『教育』や『サステナビリティ』をテーマに一緒に企画ができたらいいねということを話していました。今回の『Waste Age』の企画展に呼ばれた背景にはそうした会話もあったのだと思います。」

度重なるコミュニケーションの上で成立した今回の展示。Design Museumとよりクリエイティブな関係を築いていけるよう、田幸さんは常に気を遣っているといいます。

「自社製品を展示するスペースとしてミュージアムの一角を『間借り』するやり方や、完全なスポンサーとして経済的支援をするやり方など、色々あると思いますし、それぞれの方法に良さがあると思います。しかし、今回の『Waste Age』に関しては、一緒に企画を作っていく感覚でいました。そして、Design Museum側にも我々をクリエイターとして見てほしいという想いがありました。そのために最初から『作品について、展示方法についてディベートしましょう』という姿勢は伝えていましたね。

ミュージアムとの関係を作る上で大切なことは、『彼らのストーリーを理解すること』です。展示されている作品、企画展、ミュージアムとしての想いを理解して初めて対等な関係になれるのだと思います。

今回の『Waste Age』に関して言うと、デザイナーだけではなくてアカデミアの人々も訪れるような企画展にしたいということを共有していたので、ソニーとしても一つ一つのプロダクトの説明も詩的にするよりも、どちらかと言うと分かりやすく・論理的にするよう、心がけていました。」

ミュージアムと協力し、現地の学校で教育活動を展開

展示のみならず、社会への活動の展開を常に考えているDesign Museum。田幸さんは密にコミュニケーションを取り続けていたからこそ、彼らが「教育活動」に熱心だということもわかっていました。そうした背景も踏まえると、「Waste Age」への出展がきっかけで教育分野への話がソニーに舞い込んだことも自然な流れだったと言えます。

「Design Museumは教育に力を入れていて、生徒を対象にしたプログラムも複数開催しています。イギリス国内の学校と強いコネクションがあるんですよね。今回の企画展の目的の一つにも『教育』が含まれていました。

今回は展示からもう一歩発展して、『学校に教育用のマテリアルサンプルパックを配りたい』という話になったんです。そしてソニーが今回二つの独自開発素材を出展しているということで、イギリス国内の計65校に配布するマテリアルのサンプルパックを手作業で作ることになりました。それぞれのマテリアルに関するストーリーもすべて記載してあり、先生がそれを読んで説明できるようになっています。」

Photo by Adam Hollingworth

欧州の消費者の反応から、サステナビリティの本質を考える

同じ機能やデザインを備えたサステナブルプロダクトやマテリアルを展開するにしても、日本と欧州では消費者の反応が異なることもあるはずです。田幸さんは欧州でプロジェクトに取り組む難しさについて、下記のように語ってくれました。

「欧州だと、サステナビリティが水やガスのようなインフラになりつつあると思います。商品を紹介するときも、サステナビリティという要素が、商品名・値段と並んでいることが多いんですよね。デザイナーとして、そこを意識せずにプロダクトを作ることはもう難しくなりました。

最近では、ただその商品に使われている素材の環境負荷だけではなく、それがダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを意識したものかといった社会的な側面も意識されるようになってきました。そうした考え方を、普段のデザイン業務から重要視しているのは我々デザインセンターヨーロッパの特徴だと思います。」

田幸さん
インタビューの様子

欧州ではサステナブルなプロダクトやサービスにより厳しい目線が注がれる一方で、新しいプロダクトを販売する際に追い風になるような風潮もあるようです。それは欧州各国でこれまで育まれてきた「新旧を取り入れる巧さ」に由来するといいます。

「大量消費・大量生産に対する否定的な感覚が大きくなってきたこの時代、新しくモノをつくり、販売する難しさはあります。ただ、『新しいものが良い/悪い』『古いものが良い/悪い』とは一概に言えないと思うんです。例えば、テレビも置かずエアコンも入れずという生活を善とする人と、テクノロジーの力をフルに使って地球に良く暮らしていきたいと言う人では、一見相容れない感じがありますよね。

そのあたり欧州では懐が深い文化があると思います。古いものは大好きだけど、新しいテクノロジーもよく知っているという人が多くいます。私は家具のデザインも好きなんですが、例えば椅子をつくるときは、やっぱりまず木と会話する必要がある。テクノロジーで椅子を作ろうとするとダメなんですよ。ただ『仕事をするテーブルならケーブルの穴はあったほうがいいな』などの希望はあるので、新旧のやり方を上手に混ぜていくのがいいんじゃないかなと思います。」

サステナブルなデザインの領域はプロダクトにとどまらず、オフィスまで?

ソニーグループのデザインといえば、プロダクト、サービスやエンターテイメント、ファイナンスから、グラフィック、UXに至るまで幅広いことが印象的です。さらに近年では、オフィスのデザインのプロジェクトも手がけているといいます。

「新型コロナが蔓延したタイミングで、多くの企業で在宅勤務が導入され、オフィスのあり方も大きく変わりましたよね。そのタイミングで、デザインセンターヨーロッパでは働き方改革も含め、自分たちでオフィスの改変をしました。日本は特にそうだと思うのですが、床や壁を剥がして、家具を捨てて、什器を壊して、新規の家具を作って……そうしたサイクルがとても速くなっていますよね。そうしたオフィスの構築の仕方にずっと違和感を抱いていました。」

sony
ロンドン郊外のオフィス

「サステナブルなオフィスの作り方がないか考えたときに、一度話をしようと思ったのがフランスのTarkettというブランドです。彼らはReStartというプログラムをやっていて、自社商品の床材を回収し、それを砕いて、もう一度素材に戻しているんです。ソニーヨーロッパのオフィスでもそうしたストーリーのあるプロダクトを積極的に使用するようにしました。」

デザイン業務の領域を定めないことで、地域の文脈に柔軟に対応

デザインの領域を手広く設定することはときに困難を伴うこともありますが、様々な事業を自社で手がけることでそれぞれの地域の文脈に沿ったプロジェクトに柔軟に対応できるようなると田幸さんは話します。

「デザインセンターヨーロッパではミュージアムでの企画展や、オフィス構築、さらに言うと店舗のディスプレイや、ウェブページのビジュアルまで、頼まれればできるだけ断らずにやっています。現地にいないと分からないことが多いので、できるだけ欧州のチームでスピーディに完結したいと思っています。コンテンツをできるだけ外部に委託せず、プロダクションまで一気通貫で手がけているからこそ、それぞれの地域でステークホルダーとしっかり向き合って、柔軟に対応することができていますね。

最近は、リサーチ活動にもかなり注力しています。その中でも『サステナビリティ』のテーマは避けて通れなくなっています。欧州ではサステナビリティがトレンドというよりも、法制化される対象になっていますよね。リサーチ業務を通じてサステナビリティの根底を理解し、さらに現地のミュージアムや学生とも会話を続け、今後も一歩先のデザインやコンテンツを一緒に作っていけるといいなと思っています。」

編集後記

今回のインタビューでは、「デザインのために必要なコミュニケーションを取る」のではなく、「コミュニケーションの過程としてデザインが発生する」様子が印象的でした。今回お話しいただいたミュージアムの展示も、パートナーとの過去の会話や未来の構想がもととなり、形になったもの。その際、パートナーのビジネスや想いをしっかりと理解し、彼らの生み出すものを本当の意味で面白がる姿勢、また消費者の考え方を学ぶ姿勢もまた、重要なファクターになっていたように感じました。

一方でそうしたコネクションに依存せず、自社のデザイン業務を拡大させるソニーとしての体制も印象的です。良い関係を築くために、クオリティを担保するために、コストをかける会社の姿勢もまた、外部パートナーと信頼関係を構築する鍵になってくるのかもしれません。

【関連記事】ソニーが進めるサーキュラーイノベーション。もみ殻から生まれた新素材「トリポーラス」
【関連記事】「ごみの時代」にデザインが担うもの。英・Design Museumの企画展から考える
【参照サイト】Sony to participate in ‘Waste Age’ exhibition at the Design Museum
【参照サイト】Triporous(トリポーラス)
【参照サイト】ソニーのオリジナルブレンドマテリアル

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