世界的ホテルチェーンIHGや投資家が見出す循環型ホテルの可能性【QO後編】

世界的ホテルチェーンIHGや投資家が見出す循環型ホテルの可能性【QO後編】

訪れる人の日々を彩り、思い出に残る素晴らしい体験を提供するために客を迎え、発展してきたホテル産業。新興国の所得拡大や中間所得者層の拡大などに牽引され、今後右肩上がりの成長が見込まれる。

一方で、地域の自然破壊を引き起こしたり、オーバーツーリズムによって地元住民の暮らしを逼迫するなど、環境や社会への負の影響を外部化することで成り立ってきた側面もある。産業の拡大に伴い、この負の影響も拡大することが懸念されている。

今回編集部が訪れたのは、ホテル産業の直面する環境・社会負荷削減と素晴らしいラグジュアリー体験を提供することを両立する、ホテルの新たなあり方を提案する循環型ホテルQOアムステルダムだ。ホテルQOアムステルダムは、大手ホテルグループIHGの運営でありながらも、独自の取り組みで持続可能なホテルの運営に取り組む。QOアムステルダムの支配人ダンカン・フッドハート(Duncan Goedhart)氏に取材した。

QOアムステルダムの総支配人Duncan Goedhart氏/Image via QO Amsterdam

ESGの恩恵が行き届かないホテル産業と投資家の期待

QOへの取材記事前編では、「循環型ホテルQOアムステルダムに朝食ビュッフェがない理由【QO前編】」を紹介した。このように明確なビジョンを掲げ、環境負荷を抑えるために工夫を凝らして建てられたQOアムステルダムの取り組みは素晴らしい。しかし、ホテル産業において、各ホテルのESGへの取り組みやその価値を認識し、評価するようなスキームはまだ一般化していない。つまり、盛り上がりを見せるESG投資の恩恵がホテル産業には行き渡っていないことを意味する。イギリス経済紙フィナンシャル・タイムズも今年4月に公表した記事の中で、ホテルがサステナビリティに取り組むためのモチベーションについて「現状では取り組むためのインセンティブも、取り組まないことによる罰則もないため、ホテルにとってはサステナビリティとは少しのPR要素にしかならない」と、政策などの設計が圧倒的に足りていない点を指摘している。

この背景を踏まえた上でも、オーナーはなぜQOアムステルダムという新規投資を決意したのだろうか。

ダンカンさん「これまではサステナビリティを追求してしまうと、現行の経済の仕組みのなかでは、顧客がラグジュアリーホテルに対して求める品質・体験を提供することが難しくなるというマインドセットが一般的だったのではないかと思います。

確かに実際のところ、まだまだサステナブルな運営のための設備投資や調達は高額です。アメニティひとつ取っても、環境負荷が少なくなるよう設計された製品は、大量生産されたものよりも高額になってしまいます。

投資や調達にコストがかかる一方で、光熱費を抑えることができたり、廃棄が少ないために関連する仕入れや廃棄処分コストを抑えられたり、ビジョンに賛同してファンになってくれる顧客やパートナーが結果収益をもたらしてくれたりするので、長期的に見るとリスクを軽減し、収益性を高めるアプローチでもあります。

もちろん、あまり前例がない以上、QOに出資した投資家にとってもこの投資はある意味挑戦であり、リスクを取った『賭け』でした。創業者自身出張の多いビジネスパーソンとしての体験を通して、ホテル産業に違和感を感じており、何かできることがあるのではないかと思っていたと言うのです。そして投資家らがビジョンに共感したからこそ、リスクを負う意思決定をしています」

センスの良い音楽が流れる、吹き抜けのカフェ&バー/Image via QO Facebookページ

世界的ホテルチェーンIHGの一員として

強くビジョンに共感した投資家たちだけでなく、QOアムステルダムには世界的ホテルチェーンIHGも賛同しており、IHGの系列ホテルとして開業している。IHGは、QOの価値をどのように位置づけているのだろうか。

ダンカンさん「まず第一に、IHGは、QOは新しく挑戦的な運営のホテルであるという前提を理解した上でマネジメント契約書に署名しています。IHGにとってもまた、このホテルは実験的な意味合いを持っているのです。リスクもある中でサステナブルな運営という新しい形のホテルに賭けたのです。もちろんQOでは、サステナブルで循環する運営については独自の戦略で進めていますが、マーケティング、収益管理などについてはIHGの多大なる支援を受けています。

IHGグループ コーポレートサイト

IHGにとってもQOは大きな一步、大きな学びを得るための実験なのです。実際にサステナビリティとラグジュアリーの調和を打ち出すホテルブランドには将来性があるのか、IHGの18番目の新しいブランドとして確立すべきコンセプトなのか、といったことも実証できるはずです。

実際にIHGは系列ホテル全体のサステナビリティ戦略「明日への旅路(Journey to Tomorrow)」を展開しています。QOのみならず、系列ホテルは環境負荷などに関するデータを提供しなければなりませんし、エネルギーを減らし廃棄を減らす努力が求められます※。利益と環境を両立する必要性は増しているものの、その方法はまだ確立できていません。だからこそIHGはQOに賭けているとも言えます」

※2021年8月現在、IHGが求めるのはあくまでも「依頼」であり、強制力のあるものではない

現在5,959軒のホテルとパートナーシップを組み系列とするIHGグループだが、他の上場企業と同じく、急激な右肩上がりの成長を目標として掲げている。IHGはQOに対し、他の「伝統的な」運営のホテルと同水準の収益性を求めるのだろうか。

ダンカンさん「QOは長期的なリターンを生み出すように戦略を立て、実践しています。よって、サステナビリティを追求する場合のビジネスの時間軸についてはある程度柔軟に理解を示してくれています。とは言え、オーナーやIHGから投資や支援を受けたからには、(金銭的な)リターンを生み出さなければなりません。創業者にとっても、投資家にとっても、そしてIHGにとっても、QOはサステナブルとラグジュアリーの調和が仕組みとして本当にうまくいくのか、実験するためのパイロットプロジェクトでもあるのです。

IHGの取り揃える規模も価格帯も様々なホテルブランド/出典:Introducing IHG

何から何まで環境負荷を抑えた運営するのは容易ではなく、初期投資が必要な部分もあります。しかし、廃棄やエネルギー利用を減らし、人々をつなぐ価値を生み出すため、時間はかかっても投資は回収できるはずです。この実験がうまく行ったかがわかるのはもっと先になるでしょう。

時間はかかったとしてもリターンを生み出し、地元住民やホテルを訪れる人々に本質的な意味でのウェルビーイングをもたらすことで、私たちは、アムステルダムの他のホテルや世界じゅうのホテルに対して、良い手本になれればと思っています。

実際に、IHG系列ホテルや他のホテルからよくサステナブルな運営について質問を受けます。QOはどのように運営しているのか、どのように課題を克服したのか、先述したビュッフェなしの朝食についても、詳しく教えて欲しいとよく聞かれます。わかっていることはすべてお伝えしていますよ。産業全体で変わっていかなければならないと信じているからです。金銭的なリターン以外にも、ホテル産業をより良い方向に導くパイオニアとして発揮できる価値があるはずです」

旅行サービスに求められるサステナビリティ

実際に、近年旅行サービスにサステナビリティを求める消費者動向も明らかになっている。Booking.comが2021年6月に明らかにした調査結果によると、旅行者のうち実に81%が『サステナブルな宿泊施設に泊まりたい』と考えているという。こういった消費者動向を踏まえ、旅行予約プラットフォームBooking.comは、自身が運営する姉妹サイトbookdifferent.com上で宿泊施設のCO2排出量を公開している。今後こういった情報を望む声は強まると見られ、ホテルとしても顧客獲得のためにも循環型の運営に切り替えていかなければならないはずだ。

bookdifferent.comサイト上ではホテルのCO2排出量が比較できるようになっている

アムステルダム市内の循環型ホテル同士で起こる化学反応

ダンカンさん「実際に、アムステルダム市内でも多くのホテルがサステナブルな運営を実践していますが、そうではない数多くのホテルが私たちの運営について大きな関心を寄せているのがいただく質問の量からもわかります。

QOが創業した2018年には、アムステルダム市の働きかけによって、QOを始めとするサステナブルな運営を追求する市内12のホテルからなる『Circular Hotels Leaders Group』という組織が発足しました。現在では20あまりのホテルが加盟するまでに至っています。このグループを通して、市内の先進的なサステナブル運営を行うホテルが定期的に集まり情報交換をしています。行政、教育・研究機関、ホテル産業が連携し、共にホテル産業の、そして地域のサステナビリティと循環性向上のために取り組んでいます。

地域循環のハブとしてのホテル/Image via Circular Hotels Leaders Group “Circular Hotel in de stad”

アムステルダム市としても、市の戦略にサーキュラーエコノミーの目標を掲げており、この目標達成のためには各産業を巻き込んで戦略的に動く必要があるのです。一定条件下でのサステナブルな運営計画を立て、実行するイベントにしか運営許可を出さないなどの動きをしていますし、ホテルについても同様で、新規開発のものに関してはサステナブルな運営計画を持つ、市の基準に満たすホテルにのみ営業許可を出すなどしています。

地域内循環を完成するためにも、市は私たちに取り組みを進めてもらう必要がありますし、私たちもまた、市や市内の志を共にするホテルと協業することの意義は大きいと感じています」

新型コロナで痛手を受ける観光産業

新型コロナウイルス感染症の大流行は観光産業に大きな打撃を与えている。QOの戦略にも影響してはいないだろうか?

ダンカンさん「新型コロナウイルス感染症の影響は、間違いなく大きいものです。このような状況下だと、多くのホテルは『どんなビジネスでもあるだけマシ』と、通常ならば受け入れない条件や利用客を受け入れざるを得なくなってきます。長期的な繁栄よりも、短期的な存続しか見られない状況に陥っているのです。QOでも、投資家が多額の投資をしてくれていますし、それに即した収支計画を立てています。このような危機によって収支が合わなくなってくると、のしかかってくるプレッシャーは大きいものです。

なんとか利用客を得るために価格を下げたくなるところですが、価格を下げると、安い価格の中では様々な制約が発生してしまうため、サービスレベルも体験価値も下がってしまうという決定的な問題があります。よってQOは値引きには転じない方針です。ビジョンをぶらさず、目標達成のために妥協しない考えです。

とは言っても、ホテル産業がせっかくサステナブルな方向に大きく動き始めていたのに対し、新型コロナの流行がこの流れを止めてしまわないか不安ではあります。観光産業は大きく打撃を受けており、キャッシュフローが滞ってしまえば将来を見通した設備投資がしづらくなります。特に、すでに(サステナブルな運営に適していない)既存の建物で運営しているホテルにとっては、これからサステナブルな運営に変えていくとすると、今後多額の設備投資と改装期間が必要になります。一部はビジネスが戻るまで足踏みとなってしまうところもあるでしょう。

新型コロナの流行により、いつもは観光客であふれるアムステルダム・ダム広場も一時は静けさに包まれた/Image via Unsplash

また、イベントや出張などを目的にホテルを利用する法人顧客も、環境に関するゴールを設定しているため、特に2020年始めまではサステナブルな調達計画に則って仕入先ホテルを選定する動きが目立ちました。サステナブルな運営をしていないサービス提供業者を選ばない動きが表面化していたのです。ただ、この流れも同様です。新型コロナウイルスのパンデミックによって、出張やイベントは激減しました。結果、出張やイベント自体の数が減ったため、排出するGHG排出総量も激減し、サステナブルな調達計画をある意味余裕を持って達成できてしまうのです。しかし、何も変えていないのに、ただ一時的に利用が減っただけで「計画達成」と言えるかについては大きく疑問が残ります。今後、各企業は出張やイベントなどを再開していく中で、より綿密に出張・イベントについての調達計画を練り、実施していくことが必要となるはずです。そうしなければ各社が掲げる野心的な環境ゴール達成は難しいはずですから。どんなに産業が打撃を受けていても、サステナブルなホテル運営が必要とされる潮流は変わらないでしょう。少しでも多くのホテルと共に、そのニーズと意義に応えていきたいと感じています」

編集後記

ホテル産業を取り巻く環境はまだ圧倒的にリニア型であり、サーキュラーエコノミーに移行するための政策や規制、投資は足りていない。一方で、消費者や企業、スタッフらはその多くがサステナブルで循環するホテルを望んでいる。QOのように建築様式、採用から循環型を想定してつくられたホテルの実践から学び、そうではないすでにリニア型の仕組みの上につくられているホテルがどう変われるのか、ステークホルダーたちが対話を通して行動に移すことが望まれる。ホテルとは住民やビジターをつなぎ、ローカルとグローバルをつなぐ、いわば小さな街だ。そして、国際ホテルチェーンは世界中の拠点をネットワークする。ホテルは、世界中で相互作用する循環する仕組みのハブとして、新たな価値創造の源泉になる得るはずなのだから。

【参照】QOアムステルダム
【参考記事】Hotel chains struggle to meet green targets
【参照】アムステルダム市のCircular Hotels Leaders Group紹介資料:『Circular Hotel in de stad
【参照サイト】ブッキングドットコム:「2021 Sustainable Travel Report
【参照サイト】ブックディファレント・ドットコム:https://www.bookdifferent.com/
【参照】投資家向けに発行されたIHGグループ紹介資料:https://www.ihgplc.com/-/media/ihg/files/results/2021/q1-2021/240101355_ihg_introducing_ihg_2021_060521.pdf

冒頭の画像の出典:Juniper & Kin(QO内キッチン&バー)Facebookページ

※本記事はハーチ株式会社が運営するCircular Economy Hubからの転載記事です。

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