Jリーグクラブ・ガンバ大阪が「土に還るカップ」を導入。テスト後の正直な声を聞く
スポーツ観戦に行くと、多くの人が買う飲み物。スタジアムでは、ソフトドリンクからビール、コーヒーまで、様々なドリンクが販売されている。コロナ前、サッカーJリーグクラブ・ガンバ大阪では、年間およそ10万杯のドリンクがつくられ、そのすべてが「プラスチック製の使い捨てカップ」で提供されていた。
2020年7月にレジ袋が有料化され、2022年4月にはプラスチック資源循環法(プラ新法)が施行。日本でも脱プラスチックが叫ばれるようになって久しい今、その取り組みはスポーツ界でも加速しているようだ。
今回取材したサッカーJ1リーグで戦うガンバ大阪が導入したのが、「土に還る」カップ。同チームは、ホームグラウンドであるパナソニックスタジアム吹田内で使用される、約10万個のドリンク用カップを堆肥化可能なものに変更した。
ホームゲームの平均入場者数およそ2万7800人(※1)の人気クラブチームで始まった、循環型社会を目指す新たな取り組み。編集部は、大阪府吹田市にあるスタジアムを訪れ、実際にカップが堆肥化される様子を見学してきた。また、ガンバ大阪 施設運営部の唐津昌美(からつ・まさみ)さんに、取り組みのことから日々の葛藤までお話を伺った。
※1 2019年度データ(PR TIMESより)
土に還るカップから循環型社会をつくりたい──そんな想いから
Q. 今回導入された、土に還るカップの仕組みを教えてください。
これまでのプラスチックカップとは違い、土に還るカップの素材は紙です。紙カップの内側には、液体が外に漏れないようにビニールのようなものがラミネートされています。このラミネートに使われているのが、堆肥にできる生分解性樹脂「BioPBS™」です。これは植物由来の生分解性樹脂で、自然界の微生物によって水と二酸化炭素に分解されるため、自然環境への負荷が少ない樹脂素材となっています。
紙製であれば、従来使われていたカップと変わらないのではないか、と思われるかもしれませんが、実は通常のラミネートはプラスチック素材でできており、リサイクルしたり土に還したりすることが難しいんです。そのラミネートをこの新しい素材にすることで、カップ全体をコンポスト設備や土壌で分解できるようになりました。
このカップは、土に還りますが、処分するときはそのまま地面に埋めるわけではありません。使用後に廃棄されたカップは、まずスタジアム内に設置された食品残渣(ざんさ)発酵分解装置で、食べ残しや生ごみ、菌の寝床となるもみがらなどと一緒に1次発酵されます。その後は、堆肥センターにて2次、3次発酵され、最終的にはわずか4日間ほどで、野菜の栽培に利用できる堆肥に生まれ変わるのです。完成した堆肥は、契約している農家さんに販売をするという仕組みになっています。
これまでのカップのプラスチック量は、1つ当たり16グラムでしたが、この土に還るカップにして約1.6グラムにまで減りました。全体としては、1.4トンのプラスチックの削減につながっています。
Q. 土に還る生分解性カップの導入を始めたのはなぜですか?
もともと私たちは不定期で「森のタンブラー」というリユースカップを提供してきました。森のタンブラーは、間伐材を使って作られたカップで、これを使ってこのスタジアム内でビールを飲むことができます。しかし、森のタンブラーでのドリンク提供は不定期に行っており、毎回利用できるわけではありません。
本当はそうしたタンブラーや来場者が持参したマイカップにドリンクを入れて提供できたらいいのですが、そこにはいくつか乗り越えないといけない壁があるんです。
まずは、衛生管理の問題。お客さんが1度口にしたカップに飲み物を入れるとなると、「もしかすると食中毒を引き起こしてしまうのではないか」などと、提供する飲食店側はかなり警戒します。かと言って、持ってきてもらったカップを洗うとなると、その分手間になるのでお客さんへの提供に時間がかかってしまいます。特にハーフタイムや試合前など、お客さんが集中するときのことを考えると、利便性は悪くなってしまいますね。
また、持ち込まれるカップが1種類だけであればいいのですが、「私はこれに」「僕のはこれに」と、お客さんが異なる容器を持ち込むとなると、それぞれのカップにどれくらいの量が入るのかをいちいち確認しなければならなくなり、やはりサービス提供の効率が下がります。こうした理由で、マイカップの導入は、まだ少しハードルが高いと感じています。
ガンバ大阪のスタジアムでは、直近の1、2試合で1,000~2,000個ほど、コロナ前では年間およそ10万個のプラスチック製カップが使われていました。そのカップを土に還るものに変えることで、循環型の社会実現に向けた仕組みが作れたら……という想いで、1年間にわたる土に還るカップの実証実験を始めたんです。
お客さんに理解してもらう難しさとコスト面での葛藤
Q. まだ実証実験を始めたばかりだと思いますが、始めてみて気づいたことや課題などはありますか?
1つ目の課題は、お客さんに理解してもらう難しさです。私たちのスタジアムでは以前から、大学生のボランティアの方々に協力をしてもらい、ごみの分別収集を行ってきました。5つのゴミ箱を用意して、食べ残しやペットボトル、カップ、燃えるごみなどに分類しています。
それでも、やはりカップの中に爪楊枝や折った箸が入っていたり、別の素材でできた小さなカップが混ざっていたりすることもあります。機械の中に違うものが混入しないよう、来場者の方たちに「ごみが循環していく」ことを伝えていきたい。そのためには、どのようなコミュニケーションをとるべきか……?お客さんへ自分たちの取り組みのことを伝える難しさを感じています。
もう1つの課題は、コスト面ですね。こうした環境に配慮した取り組みは、どうしてもコストが上がってしまいます。今回の土に還るカップであれば、巡り巡ってそれが自分たちの口に入るものなので、インクにも気を使っています。ですので、以前のプラスチック製のカップに比べて5倍ぐらいのコストがかかっています。
お客さんに「来て良かった」と感じてもらえる価格設定を目指して
Q. そうしたジレンマを解消するために、現時点で考えているアイデアがあれば教えてください。
コスト面に関しては、生産コストが上がったからビールの値段を上げたり、入場料を上げたりするのは、お客さんにとって良いことではないと考えています。
値上げという選択肢をとって来場者の方に費用を負担してもらい、回収するのは簡単です。しかし、この「コストと環境保全の取り組みの両立」というジレンマは、SDGsなどの活動に取り組む多くの人たちにとって永遠の課題だと思いますし、その仕組みをどうやって回していくのかは今後もきちんと検討していきたいと思っています。
他のスポーツのスタジアムやテーマパークでもそうですが、お客さんにとっては、スタジアムで買うドリンクは通常より高いです。そのことは理解していますので、そのうえで、お客さんが安心して試合を見ながら、「来て良かったな」と思える値段設定を目指していく必要もあると思っています。
持続可能な仕組みをつくるために、何が皆にとって平等で良い方法なのかというのは非常に悩ましい問いです。そのなかで、たとえば取り組みを協賛してくださる企業さんの広告を入れて、広告料収入でうまく循環させることなども、現時点では1つの案として考えています。どのような方法があるか、実証実験を終えた来年以降のミッションとして引き続き検討していきたいですね。
Q. 他に感じているジレンマなどがあれば教えてください。
2030年までにごみを減らすことを宣言しましたが、実際に今年はこれをやって次の年にはこれ、というような具体的な道筋が見えているわけではないんです。というのも、今色々な業界で研究や取り組みが日進月歩発展しています。なので、何が良いのか分かりませんし、はっきりとは言えません。
たとえば、土に還る商品であっても、それを作る際にエネルギーをたくさん使うことで他の面で環境に負荷をかけることもあるでしょう。どんな取り組みにも善し悪しはあると思いますので、何がベストで、何が皆さんに「一緒にやっていこう」と共感を求めるものなのかは難しいと感じています。
色々なことを知れば知るほど難しいなと思いますし、いばらの道を踏み出した感じです(笑)。そんななかでも今の自分たちにとってベストなものを少しずつ模索していきたいですね。
Q. 土に還るカップを通した今後の展望について教えてください。
今回、何も分からないまま取り組みを始めましたけれども、飛び込んでみて、色々なことができるんだ、まだまだやらなきゃいけない課題がたくさんあるんだ、ということが分かりました。
今後は、行政や農家など、地域の人たちとの連携にももっと力を入れていきたいです。たとえば、今ここで出たごみは産業ごみとしてお金を払って引き取ってもらっているのですが、もう少しうまく仕分けして、リサイクルやリユースできるところに回すこともできると思います。
また、地元の農家さんや農協さんにこうした取り組みのことを伝え、「地域の人たちが消費した色々な物から野菜づくりをする」ところも、我々の方からプロデュースできれば素晴らしいなと思ってます。今はまだ、私達も土に還るコップを分解させることに手一杯で、出来上がった肥料を地域の中に広めて循環させるところまではできていませんが、今後はそうした取り組みも推進していきたいですね。
他のスポーツクラブとも一緒に、社会を良くしていけたら
Q. その他、ガンバ大阪が今後取り組んでいきたいことがあれば教えてください。
スタジアムで提供するものに関しては、カップ以外だと食事の際のカトラリーなどにもプラスチックが多く使われています。それを海洋分解性のものに変えることもゆくゆくはやっていきたいです。たとえば、仮に海に流れ着いても自然に還るようなカトラリーなどを提供できたらいいですね。
あとは、大阪府が環境調査を行ったところ、海洋ごみの要素には大きく2つあり、そのひとつが人口芝だと分かりました。サッカーを推進する立場として、私たちもそうした課題に対して何か協力していきたいと考えています。
もともと、スポーツを通じて地域を豊かにしていきたいという想いから、ガンバ大阪はこれまで、回収したペットボトルを応援する人たちの旗にしたり、選手と一緒に近くの少年院を訪れたりと、地域の人を巻き込んだ様々な活動を行ってきました。そうした取り組み全体を見て、ガンバ大阪に価値を感じるスポンサーがもっと増えていくことで、土に還るカップを含め、環境や社会にとって良い取り組みをお客さんに負担がかからない形で実現できると考えています。
「素敵な活動をしているガンバ大阪と一緒に何かに取り組みたいな」そう感じて協賛してくださる方と一緒に、世の中に良い活動を広げていけたら嬉しいです。
Q. 最後に、記事を読んでくださっている読者の方へメッセージがあれば教えてください。
私たちは、Jリーグが立ち上がった頃から、皆で一緒にやっていこう、サッカー界全体で地域を良くしていこうというスタンスでやってきました。ただ、もっと言えばサッカーだけではなく、他のスポーツクラブとも一緒に、社会を良くしていけたらと思っています。
今、子どもの数が減り、野球をする子どもの数も減っているという話を聞くことがあります。そんななか、サッカーをする子どもたちだけを増やし、自分たちが栄えて……というのは違うかなと感じていて。サッカーに限らず、「体を動かすことって楽しいね」「スポーツを見るって面白いね」と思ってくれる子どもたちを増やす。そうした想いが根底にないと、皆で共存、繁栄していくことはできないと思うんです。ですので、地域の皆さん含め、多様な人たちと色々なことに取り組み、より良い社会を作っていきたいなと思います。
編集後記
Jリーグが開幕した1994年から、日本のJリーグクラブチームは地域を巻き込んだ取り組みに力を入れてきた。それは、私たちが「SDGs」や「サステナブル」といった言葉を耳にするようになるずっと前のこと。地域への貢献に取り組んできた多くのサッカークラブが、今、これまでよりもっと良い社会をつくろうと、様々な活動を始めている。
正直に言うと、今回の取材を行うまでは、「ガンバ大阪の取り組みも、昨今のSDGsの流れに乗った取り組みの1つだろう」としか思っていなかった。だが、実際に唐津さんのお話を伺う中で感じられたのは、「社会貢献につながる取り組みを推進していきたい」という、溢れんばかりの熱量と強い想いだった。
「社会に良いこと」「利便性」「コスト」これらを両立させる難しさを、唐津さんは赤裸々に語ってくださった。そのジレンマこそが、普段なかなか表には表れてこないが、企業、自治体、団体など、多くの人々が直面していることであり、企業や業界の壁を超えて試行錯誤されるべきことなのではないだろうか。そんなことを感じた。
そして、このことは唐津さんが最後に口にした「自分たちだけが栄えるのは違う。ともに共存・繁栄したい」という言葉からも窺える。
社会を良くしていく──そんな共通の目標を達成するためには、様々な壁を取り払い、立場を超えて多様な人々が手を取り合って進んでいくべき。そう確信した取材となった。
▼プラスチック資源循環法に関する動画はこちら
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【参照サイト】ガンバ大阪HP
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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