広報だからこそつかめる新規事業のヒント。アキュラホーム西口氏の「木のストロー」
SDGsやサステナビリティといったキーワードで新規事業を創出していきたいが、何から考えていけば良いのかがわからない方も多いのではないでしょうか。
今回編集部は、サステナブルな新規事業開発のヒントを得るため、間伐材を用いた「木のストロー」の商品化を実現したアキュラホームの広報担当・西口さんのもとを訪ねました。
この木のストローは、健全な森林を保つために行われる間伐(太い木に育てるために細い木を伐ること)で伐られた間伐材を使用しています。紆余曲折がありながらも住宅メーカーとして商品化にこぎつけ、さらにG20大阪サミット他、すべての関係閣僚会合でも使われたことで世界的にも脚光を浴びることになりました。
今回は間伐材で作られたストローを商品化するに至った経緯や、なぜ広報の立場で実現できたのか、事業化に向けて意識されていたことを西口さんに伺いました。
お世話になっている記者に応えたい
Q.今回木のストローの開発にあたるまでの流れをご説明頂けますか?
広報の活動では、毎日記者の方とお会いして色んな情報交換をするんですね。住宅業界は国土交通省の記者クラブが管轄していますので、私も国交省の記者クラブに通っています。そこで当時東京MXテレビの記者だった環境ジャーナリストの竹田さんと出会いました。2018年7月には西日本豪雨が起こり、竹田さんが記者として取材をされていて、その時の竹田さんの思いから、お話をいただきました。
被害がかなり大きかった西日本豪雨ですが、竹田さんがインタビューをしていく中で、その大きな原因の一つに「周辺の森林が適切に間伐で管理されていなかったこと」が分かったといいます。間伐の役割は大きく、間伐によって育つ太い木の根はスポンジのような役割を担って土が水を吸収するのを助けてくれます。逆に言えば間伐をしないと豪雨で土砂崩れが起きやすくなり、被害が甚大化してしまいます。そのことを地元の人は気にされていました。竹田さんはその時に「西日本豪雨の土砂災害はもちろん豪雨の被害ではあるけれど、適切に間伐がされていれば被害は抑えられたかもしれない。ある意味西日本豪雨は人災でもある」とおっしゃっていました。
ですが、間伐材は細い木なので弱くて節も多く、使い道が少ないと言われています。需要がないから切られないのです。そこで竹田さんとは間伐材を有効活用できる使い道を作れないかと話をしました。
同時期に大きく話題になっていたのがプラスチックゴミ問題です。ちょうど西日本豪雨の時期は、ホテルやレストランでも続々とプラスチックストロー廃止の発表があった時期でした。そこでプラスチックストローに代わるものが間伐材でできれば面白いんじゃないかと竹田さんから相談を受けたのです。
その時点では「私は住宅会社の広報なのでストローを作るのは私の仕事ではない」と思っていました。一方で記者さんは、私にとって大変お世話になっている方ですし、手伝えることがあればやりたいという気持ちもありました。それに弊社の社長はもともと大工ですし、木造住宅を扱う会社として木を活かし、守ることも重要なことだと感じていました。仕事とは関係ないかもしれないけれど、木という共通点があるので面白いのではないかと思ったんですね。
当時私も環境問題自体にはあまり興味がなかったのですが、今後企業の広報としても環境というテーマが企業にとって無視できない問題になっていくのではないかと思いました。加えて、いつも会社の広報として社長への取材を検討したり商品をPRしたりしているのですが、竹田さんとの出会いを通じて新しいことをやってみたいと思い始めていました。
「ストロー」禁句に。それでも続けたい
Q.大企業でありながらも、新しい事業に参入していくというのは個人一人の考えだけでは進められない部分があると思います。社内の中でどのように味方をつけてこられたのでしょうか。
新しい事業を立ち上げることは、中々ハードルが高いことなんですよね。ストローづくりは一見主軸の事業と関係ないことですし。それでもやりたい気持ちが強くて、「これができたら世界初だ」と考えていました。社長の宮沢はいつも「失敗してもOK。チャレンジすることが大切」と何かあるたびに背中を押してくれます。今回のことばかりはさすがに、とも思いましたが、チャレンジしたいという強い気持ちを捨てることができませんでした。
ただ社長にコンタクトを取るまでに、課長・部長・役員に話をしなければならなかったのですが、このステップの中で「うちはストロー屋じゃない」と厳しい意見もたくさんいただきました。木のストローを作っても何になるかわからないし、まず専門外なのにできるかわからない。広報は2・3人しかいなくて、余力もないなかで「作って一体どうなるんだ」とさまざまな事情も踏まえて相当心配もされました。
それでもあきらめずに直属の上司に話をして企画書を見てもらい、その企画書を役員に何度も提出したものの、認めてもらえず、ついにストローという単語が禁句になって「木の消耗品を作りたい」という企画書を作ることも。迷いはありましたが、それでも竹田さんをはじめとした周りの方々がとても応援してくれました。ストローを作りながら、支えてくれる人をさらに紹介してもらい、のめり込んでいく自分がいましたが一方では社内の稟議を通さないといけないというもどかしさもありました。
ある時、直接役員に直談判して許してもらえるまで粘ろうと思い、役員のトイレまでついて行ったことがありました。その役員は私の熱意に負けて、「社長に話してみる」と言ってもらえたのです。そして、なんとか許可していただくことができました。
Q.どのように開発を進められたのでしょうか?
実際木のストローを作った時は本当に何もわからず試行錯誤でした。間伐材は弱いので木を削って穴を貫通させるのがとても難しいです。他にもストローを縦に分解して溝を合わせるタイプも検討しました。でも湿度によっては、はまらなくなってしまいます。
こういった試作品を記者の方に提案したのですが、私の認識が甘かったです。もともと木のストロー作りの目的は、木の保全、つまり間伐材の活用促進です。廃プラの問題の解決にもつなげたかったのですが、当初私の提案したストローだと手間ばかりかかって、価格も高くて、普及はしないですよね。竹田さんが想像されていたのは商品として販売ができて、どこかで導入してもらい、使ってもらう人がいて、また木を切ってという持続可能なビジネスモデルでした。確かにそういうモデルでないと、普及しないですよね。木のストローも最悪プラスマイナス0、少しはプラスを生むぐらいの収益モデルにしないと間伐材の促進にはならないと気づきました。
そこで木を薄くスライスする「カンナ削り」を社長が辞令を作るのによくやっていることを思いだしました。これを使ったらプラスチックストローの代わりになるんじゃないかと、実際に巻いてみたんですね。巻いただけでは全然吸えないのですが、この試作品に可能性を感じてザ・キャピトルホテル東急さんが導入すると言ってくださりました。私と竹田さんは、導入先が見つかり、かなりゴールが近づいたと感じました。
Q.今振り返ってみて、特に苦労されたことは?
社内でも企画を通すのもとても大変でしたし、私も素人なのでストローの作り方もわかりませんでした。カンナ材を巻くノリや作り手を探すこと、さらに安全性をどう担保するかもわからず大変でした。導入先を見つけるのもやっぱり大変でしたし、発表してからも大きすぎる反響に対して対応しないといけないですし。ただ、そんな大変な中でも今まで出会えない方々とお会いすることができたり、G20大阪サミットの他すべての会合に採用されたり。今までできなかった経験ができて、成長することができました。
Q.苦労の中でモチベーションを支えるものでは何でしたか?
モチベーションが高いかというとそうでもありません。どちらかと言うと周りの人達の存在が大きかったです。木のストローを紹介したいと思ってもらえるように、頑張らなきゃいけないという気持ちをいつも持っていました。
記者の方は報道することがお仕事ですが、記者の方が提案したことが形になってここまで広がることは喜んでもらえていて、だから記者の方も応援してくださっているのだと思います。
世の中のニーズを取り入れる。重要な記者との関係づくり
Q.広報としては社内の調整も含め、社外の方との関係づくりも重要ですね。
広報業務のかたわらで始めた木のストローの開発ですが、私は全くの素人です。社内のメンバーにもよく相談をしました。「やっていることが間違っているのかもしれない」と自分を追い詰めたこともありましたが、周りで支えてくださる方がいたり、応援してくれたりして、ここまでやってくることができたと思います。
記者の方には「今こういうことで困っている」と相談したら、他の会社を紹介していただくこともありました。周りのサポートがあったから話題になったと思うんです。一人で考えるよりも、人を巻き込んで仕事をする方が価値があります。
記者の方は常に沢山のニュースを取材していて、今の世の中に一番詳しい人たちですよね。そんな方たちとコミュニケーションを取れるのが広報の仕事。記者の方が感じている世の中のニーズと自社の打ち出したいニーズがずれていたら、世の中とマッチングしないので、彼らから得た情報を会社に反映させることはとても重要です。広報として色々な取材を受けるためにはそこまで考える必要があります。
だから、記者の方から木のストローが作れないかと相談されたときは、挑戦してみようと思いました。広報の仕事は記者の方が必要なので、記者の方からお願いされたことを万が一自社でできなくても、できるところまでは努力するべきだし、そういう記者の方との関係作りはとても大切だと思うんですよね。
Q.記者の方との関係づくりの中で特別意識されていることはありますか?
関係づくりで意識していることは特にあまりないですが、「普通のことをやり続けること」でしょうか。少しでも興味があることは一生懸命調べて、自社でできる精一杯のことを考えるという姿勢が大事だと思います。それによって声がかかる・かからないも変わってきますし、そのせいか分からないですが、お付き合いしている記者の方でアキュラホームで家を建てている人がかなり多くいらっしゃいます(笑)。
Q.西口さんの人柄もあるのかもしれないですね。
人柄については最近出版した本を是非読んでほしいですが、私のダメっぷりが赤裸々に書かれています。こんな私でも、とにかく目の前のことを一生懸命やることで、いろいろなことが経験ができました。木のストローの開発もそのひとつです。記者の方との関係づくりを通じて、たくさんのメディアの方に取り上げていただきました。その反響に社内が驚いて、今や「木のストロー」の言葉が出ない日がないくらいに会社に浸透しています。社内の意識が変わり、SDGsの存在も知られてきてプラスチックゴミの話をする社員も出てきました。住宅会社としては珍しい存在になってきていると思います。
Q.今サステナビリティに取り組もうとしている事業担当者や広報担当者の方に一言お願いします。
SDGsや環境問題に取り組むのは難しいです。でも時代は今サステナビリティに前向きなので時代の風潮とあってると思うんですよね。
些細なことでも始めれば難しいことではないと思います。環境と関係なくても、SDGsはいろいろなことに紐づいています。もし一社でできなくても、企業同士がコラボレーションすることで、さらに多くの目標達成につなげることができます。そう考えると、誰でも取り組めると思うんですよね。ちょっとした意識だけで。それを意識するきっかけがあるかどうか、そのきっかけからアイデアを広げていけるかどうか、が大事だと思います。
編集後記
広報という立場でありながら、1個人で大企業の事業を切り開く西口さんに驚きました。木のストローが環境問題に対してインパクトをもたらしただけでなく、会社を大きく変えた彼女の姿勢は社内全体の風土も変えたのではないでしょうか。
また、広報協力に限らない記者との連携の仕方は今回のインタビューから参考にできます。広報に限らず、社外の英知とどのようにつながり、事業開発に結びつけるかという観点は学びたいところです。
【参考記事】間伐材でできた生分解可能な「木のストロー」
【参照サイト】アキュラホーム「木のストロー」
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