週4勤務も良いことばかりじゃない。先陣を切ったイギリスに「幸せな働き方」の視点を学ぶ
リモートワーク、時短勤務、ワーケーション…… ここ数年で新しい働き方を試してみた人も多いのではないだろうか。これらの背景には、新型コロナがきっかけで私たちの価値観が揺るがされたことがある。「本当に会社の人と毎日顔を合わせる必要があるのか?」「家賃の高い都市部に住む必要はあるか?」企業を経営する立場の人だけでなく、従業員が自ら働き方・暮らし方を選び取れることも多くなった。
「私たちは本当に週5日間働く必要があるのか?」そうした根本的な問いを起点に、2022年6月から「週4勤務」のパイロットプロジェクトを始めたのがイギリスだ。70社で働く3,300人以上の人々を対象に行われているこちらのプロジェクトが開始され、早くも5ヶ月がたった今、現地で見えてきたこととは?この記事では、週4勤務という制度の可能性と課題に加え、働き方について、これから私たちが考えていくべきであろうことについても記していきたい。
イギリスを中心に世界で広まる週4勤務の実証実験
イギリスの週4勤務の鍵となる「100:80:100モデル」
2022年6月イギリスでは、70社で働く3,300人以上の人々を対象に、週4勤務が試験的に導入された。プロジェクトに参加する企業の業界は、教育、コンサルティング、住宅、スキンケア、建築および建設、食品、デジタル・マーケティングなど多岐にわたる。シンクタンクとケンブリッジ大学、オックスフォード大学、ボストン・カレッジによって企画されたこの試験プロジェクトは、半年間実施されることになっている。
このプロジェクトの特徴は、「100:80:100モデル」と言われるものだ。これは、「100%の生産性を維持するという約束と引き換えに、80%の時間に対して 100%の賃金が支払われる」ことを意味する。つまり、勤務日を減らすことによる減給がないというのがポイントだ。
研究者は参加組織と協力して、作業効率と従業員の幸福度、および環境と男女平等への影響を測定する。(この試験プロジェクトに登録していなくとも、自主的に週4勤務を導入している企業もある。)
金融会社・NerdWalletの調査によると、イギリス全体では、およそ4分の3の人が週4勤務を希望しているという。一方で、パイロットプロジェクトに参加しているのは3,300人(イギリスの労働人口の1万分の1)であることを考えると、小さなスタートではある。しかし今後、この実験の結果次第では週4勤務が新たな公式の制度となる可能性もあるのだ。
イギリス以外にも。世界で広まる週4勤務の制度
ベルギー
週4勤務を導入しているのはイギリスだけではない。例えば、ベルギーでも2022年2月に「労働者に対する、減給なしで週4勤務を選択する権利」が認められた。そして、勤務時間外に送られてくる仕事のメッセージには対応しなくても良いということが法律で定められた(※1)。
アイスランド
さらに、イギリスよりも先に週4勤務の実験をしていた国もある。それがアイスランドだ。アイスランドでは、2015年から2019年の間に週4勤務の労働実験を実施し、健康とワークライフバランスの面で、参加した2,500人の労働者の幸福度が向上したと発表している(※2)。
国ではなく、企業単位で
さらに、国家としてではなく、特定の企業が独自に週4勤務を導入している例もある。例えば、消費財大手のユニリーバのニュージーランド支社では、2020年に全従業員81人で週4フルタイム勤務の実験を行った。こちらも労働時間短縮による減給はない。プロジェクトは1年間にわたり、結果次第では、同社はそれを他国の拠点にも拡大することを検討している(※3)。
日本でも話題になったのは、マイクロソフトの事例だろう。マイクロソフトでは、「ワークライフチョイス チャレンジ 2019 夏」と題して、夏季限定で従業員がフレキシブルに働き方を選択できる期間を設定した。このプログラムでは社員に有給休暇を提供することで、期間限定で週4勤務を体験できるようにしている。この制度はあくまで選択制であり、休暇を取得するかどうかは社員に判断が委ねられている(※4)。
このように、世界各地で実験が進む「週4勤務」。次は実験を通じて見えてきた、可能性と課題を見ていきたい。
週4勤務がもたらす3つの恩恵
01. ウェルビーイングを促進
週4勤務がもたらすポジティブな側面として、初めにあがるのはウェルビーイングの話だろう。1日8時間(あるいはそれ以上)フルタイムで働くと、土日はできなかった家事に追われたり、疲れをとるために家にこもったりして終わるようなことが多い。しかし、週にもう1日休みが追加されると、家事や休息にとどまらず、好きなことをしてアクティブに過ごせるようになるという意見もある。
そして、週4勤務のありがたみを特に感じやすいのは子育てをしている人だろう。平日のうち1日でも、保育園などに子どもを預けることができ、かつ仕事のことを気にしなくても良い時間をつくることが、「自分が自分でいられる貴重な時間」になると感じている人もいるようだ。
02. 生産性の向上
4 Day Week Globalの中間報告によると、イギリスのトライアル参加企業のうちほぼ半数の企業が、週4勤務に切り替えてから「生産性が向上している」と回答した。(うち34%が「生産性がわずかに向上した」、15% が「生産性が大幅に向上した」。) 一方で、46%の企業は、生産性が「同じままである」と考えている。
生産性の定義もさまざまだ。単に「タスクを終わらせる」という意味ではなく、クリエイティブなアイデアや発想の転換を求められる業種にとっては、休みの期間、つまり仕事に関係ない時間のインプットによって、アウトプットの質が向上することもあるという。
03. 企業としてもコスト・環境負荷削減
オフィスが週に1日余分に閉鎖されることを考えると、照明や冷暖房をはじめとする電気代のコストが削減でき、企業として生み出す環境負荷も小さくなる。さらに、出社を認めている企業に関しては、従業員の交通費や通勤手当も削減することができる。
実践から見えてきた、週4勤務の3つの難しさ
01. 取引先の対応・営業が止まってしまうことでの機会損失
一方、週4勤務の難しさとしてまず出てくるのは、ビジネスとしての機会損失だろう。一社だけで事業を完結させることは不可能であり、クライアント・パートナー・消費者など多くの人々がビジネスに参与している。社内のメンバーはもちろん、社外の関係者にも週4勤務の事情を理解してもらい、必要な対応を取ってもらうというのは、一定のハードルになっているようだ。
イギリスの不動産会社・igloo Regenerationでは、下記のような意見が出ていた。
「私たちのビジネスでは、基本的に時間に対して対価を払っています。さまざまな種類の契約を結んでいる人々がいるため、時間給を支払っている人たちに対して、どのような対応をするかは模索中です。賃金を減らすか、日当を増やすか。後者の場合、企業として週5勤務のときと同じ売上を出す必要があり、『私たちの従業員は 4日間働くと生産性が向上する』という考えをまずクライアントに受け入れてもらう必要があります。」(igloo Regeneration・Chris Brown氏)(※5)
02. 燃え尽き症候群、ストレス、長時間労働の解決につながるわけではない
「週4勤務で同じ成果を出さねばならない」という焦りは、かえって社員のストレスレベルを上昇させると言われている。4 Day Week CampaignのJoe Ryle氏は以下のように述べている。
「週4勤務を通常の週5勤務の圧縮だと思ってはいけません。勤務時間を減らすこと、そして給与を変えないことが、社員にストレスをかけない鍵になります。」(※6)
制度の使い方によっては、週4勤務はかえって長時間労働を引き起こす。そして週5勤務のとき同様、燃え尽き症候群で社員を悩ませることにもなりかねない。
03. 人材獲得競争激化で、企業側が週4勤務にシフトせざるをえない状況も
週4勤務を促進する背景には、世界人口の高齢化もあると言われている。地球上のほとんどの国では、世界中で出生率が低下している一方で、住民の寿命が延びており、労働力となる人口が減少している。
そのため、企業間ではスキルを持つ労働者を雇うための競争が激化していく。週4勤務で従業員の満足度をあげ、彼らがより生産的になれば、企業全体として、少数の熟練労働者で生産性を向上させることができる。つまり、従業員のためというよりは、厳しい局面に置かれた企業が生存戦略として週4勤務を導入している場面もあるのだ(※7)。
これから週4勤務について考えるべきことは?イギリスの教訓
このように、実際に人々が体験したことで浮き彫りになった週4勤務のメリットとデメリット。しかし、それらはすべて週4勤務を導入する会社、そして社員一人一人の状況によるため、一概に制度の良し悪しを判断することは難しい。ここからは、制度としての長所と短所ではなく、イギリスの試験プロジェクトを通じて見えた「新しい視点」を、私たちがこれから考えるべきこととして記していきたい。
週4勤務といっても色々。32時間勤務?1日の勤務時間は?給与は?
まず考えるべきは「週4勤務とは実際のところ何なのか」ということだ。人によってはそれを「8時間勤務×4日間」と捉えていたり、フレキシブルな「32時間勤務」と捉えていたりもする。また、一部では「10時間勤務×4日間」にすることで、勤務時間を週5勤務と変えないようにしている企業もある。
環境にも社会にもよいビジネスをする企業に認証を与えている「BCorp」のブログでは、「週4勤務」ならぬ「32時間勤務」を推奨する人の発言が紹介されていた。
「週4勤務」という考えから、柔軟な「32時間勤務」の考え方に移行することが重要でした。私たちは「ビッグ・キッド・ルール」と呼ばれるものに取り組んでいます。これは、人々が自分の役割を果たし、仕事を楽しむこと、そして互いを信頼することです。慣れるまで少し時間がかかりましたが、サービス、効率、作業の質などにおいて改善が見られました。パートナーは、私たちが週に32時間勤務していることを知りません。(英国の電気通信会社 Kid-Aの共同創設者・Andy Silcock氏)(※8)
労働時間もさることながら、重要になるのは給与の規定だ。今回イギリスで実施されたプロジェクトでは、「労働時間の削減による減給はしない」ということが基準として定められていたが、選択制「週4勤務」を導入している企業の中には、減給という条件をつけているところも多い。そうすると経済的な状況によって週4勤務を選べない人も出てくるだろう。
では、会社は社員の「労働時間」にではなく「成果」に対して対価を払う考えにシフトすればいいのかというと、そう簡単な話でもない。人によっては、成果を出さなければいけないというプレッシャーが過度なストレスとなり、かえって業務に支障をきたす社員が出てくることも考えられるからだ。
週4勤務を選べるのは誰か?職種・ジェンダーの視点
このように、週4勤務は必ずしも万人にとっての解決策にはなりえない。さらに私たちは「週4勤務を選べるのは誰なのか」という視点も忘れてはいけないだろう。
週4勤務自体の良し悪しはさておき、週4勤務の導入がしやすい業界とそうではない業界があるのはたしかだ。例えば医療従事者、保育士、公共交通機関で働く人などは、実際に手を動かす業務はもちろん、「現場に存在し、いつでも対応できる」状態になっていること自体にも価値を見出されている。生産性を上げれば勤務時間を減らせるというわけではなく、営業日を限定することも、仕事の性質上難しい。
また、職業だけではなくジェンダーの視点も忘れてはいけない。金融会社・NerdWalletがイギリスの人々を対象に行った調査では、「減給があったとしても、週4勤務を選択するか」という問いに対して、「はい」と答えた女性は(女性全体のうち)66%、男性は(男性全体のうち)56%だった。数字としては女性の方が多く、「一家の大黒柱」とされている男性のほうが、週4勤務を選択しにくい状況にあるようだ。働き方の話は、シビアな家計の話でもある。扶養家族やパートナーの有無、ジェンダーなどの切り口において、蓋を開けてみると、特定の人にだけ開かれた制度になっていないか、注意して見ていく必要がある。
どうやって説明する?関係者への伝え方
仮にあなたが「週4勤務」を選んだとして、次にハードルになるのは、前述した通り、取引先、パートナー、そして社内メンバーなどへのコミュニケーションの取り方だろう。
組織として「週4勤務」をうまく機能させるには、やはりきちんとした情報開示が鍵になる。社内共有カレンダーやチャットツールなど、社内のメンバーの目に触れるところで「いつ休むのか」「どのくらいの時間休むのか」などの情報を共有することはチームワークをより円滑にするだろう。
また、取引先やパートナーに対しての情報開示も重要だ。以前筆者がやりとりをした企業の中では、メールの署名の下に週4勤務をしている旨を記載しているところもあった。署名に書かれている記事に飛ぶと、なぜその組織が週4勤務を導入しているのか、背景にある想いを読むことができる。
こうした細かな工夫や気遣いも、週4勤務に切り替えたいと思っている人々の一助になるかもしれない。
そもそも「勤務時間減=幸福」なのか?制度変革をするとき、企業に求められること
ここまで考えてみると、一つの問いにぶつかる。それは「そもそも週4勤務は私たちを幸せにしてくれるのか?」ということだ。週4勤務は肌に合う人と合わない人に分かれるという。実際にイギリスで取られたアンケートでは、今まで培ってきた週5勤務のスケジュールで、きっちりと構造化された仕事をしたいと回答している人もいるのだ(※9)。さらに、「中途半端な状態で仕事を終わらせるくらいなら、残業する方が心地いい」と思っている人も存在する。そうした労働に対する細かな感覚の多様性にも今後目が注がれていくべきかもしれない。
感覚の多様性がある中で、社員同士が信頼を失わないよう、企業に求められることはなるべく「公平な」システムを作ることだろう。週4勤務を選択制にするのか、社員一律で導入するのか。経営メンバーも導入するのか。給与形態はどうするのか。社内外のコミュニケーションの仕組みはどのように構築するか。──BCorpのまとめによると、企業側にとっては「とにかく社員を信頼すること」「計画して実験してみること」が週4勤務をうまく機能させるコツだという。
週4勤務をきっかけに「良い働き方」を考える
働き方はいまとてもホットな話題だ。インターネットで「週4勤務」と検索すると、求人を含む色々な情報、調査データが溢れるほど出てくる。
「結局のところ、週5勤務と週4勤務のどちらが優れているのか?」私たちはどうしても白黒つけたくなる。しかし繰り返すようだが、制度自体に良し悪しはなく、実際に働く人々やチームの状況に依存するところが大きい。
必要なのは新しい制度の導入自体よりも、働き方を根本からもう一度考えることかもしれない。それぞれが何を大切に生きていきたいか、どうすれば一番良い形で仕事に向き合えるか。「週4勤務」はみんなの希望を叶える夢のツールではないが、そうしたことを考えるきっかけにはなるはずだ。
※1 Belgium approves four-day week and gives employees the right to ignore their bosses after work
※2 Going Public: Iceland’s Journey to a Shorter Working Week
※3 Unilever NZ to trial four-day work week at full pay
※4 「週勤 4 日 & 週休 3 日」を柱とする自社実践プロジェクト「ワークライフチョイス チャレンジ 2019 夏」の 効果測定結果を公開
※5 ※8 The 4 day work week: is less really more?
※6 What is the four-day working week and how close is the UK to getting it?
※7 Darrell Berkheimer: Worker shortage to force 4-day week
※9 A four-day work week: is it really worth it?
【参照サイト】The UK has begun the world’s biggest trial of the four-day work week. What are the pros and cons?
【参照サイト】Thousands of UK workers begin world’s biggest trial of four-day week
【参照サイト】UK Companies in 4 Day week Pilot Reach Landmark Halfway Point
【関連記事】スペイン、賃金を下げることなく「週休3日」の働き方検討へ
【関連記事】ロンドンの中学校、「週4授業」を目指す。先生が健康に働ける環境づくりへ
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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