現代のフードシステムに疑問を投げかける、10周年記念の「農場ピザ」【Pizza 4P’s「Peace for Earth」#10】

現代のフードシステムに疑問を投げかける、10周年記念の「農場ピザ」【Pizza 4P’s「Peace for Earth」#10】

ベトナムの大人気ピザ屋「Pizza 4P’s」のSustainability Managerである永田悠馬氏による、レストランのサステナブルなプロジェクトに焦点をあて、Pizza 4P’sがさらにサステナビリティを突き詰めていく「過程」を追っていくオリジナル記事シリーズ「Peace for Earth」。

前回は「ゼロウェイスト」をテーマに、ベトナム側の既存店舗でのごみ分析結果や、ゼロウェイストをコンセプトとしたカンボジア店舗オープンまでの裏側、今後のゼロウェイスト計画など、サステナブルアクションに取り組む企業のリアルな現場をシェアしてきた。

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第十回目である今回の「Peace for Earth」は「持続可能な農業」に焦点をあてる。Pizza 4P’sは今年5月、創業10周年を迎えた。この記念すべき年を祝うべく、これまでの感謝を込めた特別なピザを期間限定で作るプロジェクトが立ち上がった。試行錯誤のもとにできあがったのは、長年Pizza 4P’sの仕入先として提携してきた、オーガニック農園の野菜をふんだんに使った、「まるで農場を丸ごと食べているようなピザ」だ。この特別なピザを作るまでの背景やこだわりなど、ベトナム国内でサステナブルアクションに取り組む企業のリアルな現場をシェアする。

「サステナブルな食の未来」について語る料理を

2021年2月、Pizza 4P’sのメニュー開発チームから相談があった。それは「同年5月に創業10周年を迎えるため、何かこの機会に特別なピザを作れないか?」という内容のもの。このピザを検討する上での方向性は2つ。一つは「これまでの10年間、Pizza 4P’sに関わってくださった方々への感謝を伝えるものであること」、そしてもう一つは「これからの10年のPizza 4P’sの方向性を示すものであること」だ。

この2つの方向性を満たすものとして筆者が出したアイデアが、Pizza 4P’sの提携農園であるThien Sinh Farm(ティエンシンファーム)とのコラボレーションである。

ティエンシンファームは、ベトナムの高原地帯ラムドン省で有機農業を実践し、長年Pizza 4P’sにルッコラやケールといった野菜を供給してくれている。同農園で採れる野菜をふんだんに使い、食べる人に「サステナブルな食」の未来をイメージさせるようなピザを作れないだろうかと筆者は考えた。

風光明媚な丘陵地帯の中に佇む14ヘクタールの農地にはビニールハウスが整然と立ち並び、広々とした農園内にはチェリートマトやトウモロコシ、キャベツ、ブロッコリー、人参、大根、玉ねぎといったお馴染みの野菜たちが元気よく育っている。 Image via Pizza 4P’s

ベトナムで循環型農業を実践するティエンシンファーム

10年前に、同農園を共同で立ち上げたのは、ベトナム人のタン氏と日本人の濱氏。タン氏は、当時のことをこう振り返る。

「私も以前はオーガニックではない普通の農家でした。しかし、しばらくすると化学農薬の使用が自分自身や労働者、そして消費者にも有害であることがわかりました。化学物質の使用を抑えるにはどうしたらいいかと考えていた矢先、有機農業の専門家である濱氏と出会いました。2006年のことです。そこから、有機農業について研究を始めました。そして、5年後の2011年に、このティエンシンファームを設立したのです。」

そんなタン氏に、ティエンシンファームと他の農園の最も大きな違いを聞くと、「自己完結型の農園であること」だと答えてくれた。

「通常、外部から農業資材を購入しなければいけない農園がほとんどですが、ここでは道具ですら自分たちで作ります。そこにあるビニールハウスも、すべて自分たちで作りました。そうすることで、自分たちの栽培に合った、長持ちするハウスを作ることができます。農場で発生する廃棄物も、すべて肥料として再利用しています。外部からの影響を最小限に抑えることで、投入物の価格上昇を防ぐことができ、同時にスタッフもスキルを高めることができます。」

そんな自己完結型の農園が、まるで当たり前のことであるかのように淡々と説明するタン氏だが、これまで筆者がいくつものベトナム国内の有機農園を訪問してきた中で、これほど徹底して循環型農業を実践している農園は皆無だった。

Image via Pizza 4P’s

また、ティエンシンファームは、通常であれば廃棄してしまう、Pizza 4P’sのチーズ工房から出るホエイも再利用してくれている。

「ホエイには栄養分がたくさん含まれているので、有用微生物を混ぜて牛たちに飲ませたり、堆肥の発酵促進や、液肥生産などにも利用したりしています。私たちにとってホエイは、土壌の活性化に寄与する重要な資材の一つなのです。」

汚水としての濃度が非常に高いホエイは、ベトナムの環境基準化で下水に流してはいけない汚染濃度である。そのため、ティエンシンファームに回収してもらえることはPizza 4P’sにとってもありがたいのだ。

Image via Pizza 4P’s

コミュニティにとってもよき農園であること

ティエンシンファームには現在、約45名のスタッフがいるが、特徴的なのは、その約7割が地元の少数民族であるコホー族とチュル族の人々であることだ。

ベトナムは近年目覚ましい経済発展を遂げる一方で、地方や山岳地帯に住む少数民族の人々の生活が経済成長から置き去りにされていることが社会問題となっている。ティエンシンファームはこうした人々に有機農業を教えることで、将来的に彼らの自立を目指しているのだ。これはベトナム社会全体にとっても、非常に価値のある取り組みだといえる。

「この農園があることで、彼らに職や技術を提供できることは、社会全体の安定にもつながります。コミュニティをより良くするために、苦労しているかもしれない人たちをこの農園で育てることは、今の社会が必要としていることだと思うのです。」

ティエンシンファーム
Image via Pizza 4P’s

農業が自然環境へ与える影響について無自覚な私たち

現在のフードシステムが持続可能ではないとされる理由は、その食材を供給する農業にある。過剰な農薬や肥料の使用は、土壌や水質汚染を引き起こし、その周辺の生態系を破壊する。化学肥料に依存した畑はより多くの肥料や農薬を必要とし、そこの土壌の質は劣化する。その結果、新たな土地を開墾する必要が発生し、森林伐採は増加するばかりだ。それは、二酸化炭素の大きな吸収源である森林を減らすばかりでなく、そこに住む動植物の住処をも追いやることになる。持続可能ではない農業は雪だるま式に生態系への悪循環を生み出し、自然環境にダメージを与え続けているのだ。

さらに重要なのは、この持続可能でない農業を支えてしまっているのは、都市に住む最終消費者たちであるという事実だ。そこにはもちろん、私たちのような飲食店も含まれる。

しかし、一体どれだけの都市に住む人々が、農業が自然環境へ与える影響について自覚的であるのだろう。自戒の念も込めてあえて言うならば、食べ物に「安さ」を求める私たちの姿勢がそれを支えてしまっているともいえる。なぜならば、食べ物を安くするためには、大規模化して大量生産し、農薬や化学肥料を使って効率化し、「無農薬」や「有機栽培」といった手間のかかるものは排除する方向にならざるを得ないからだ。そうして、私たち消費者が自覚なきまま需要を生み出すことで、農業が自然環境にダメージを与え続けているのが現在の状況ではないだろうか。

ティエンシンファーム
Image via Pizza 4P’s

そうして今回、10周年のピザを通して「食べる人が持続可能な農業に想いを馳せることができないだろうか」と考案した。そのためには、持続可能な農業を実践するティエンシンファームの野菜をふんだんに使うことが重要だと考えた。それは長年の提携農園であるティエンシンファームへの感謝と、Pizza 4P’sがこれから目指す料理コンセプトを体現しているという点において、当初の方向性にもマッチする。

その後、Pizza 4P’sのヘッドシェフとティエンシンファームの濱氏が打ち合わせを行い、いくつか野菜の候補を選定した結果、ティエンシンファームのケールとバジルをペースト化したグリーンソースをベースに、空芯菜スプラウト、ケール、玉ねぎといった同農園の野菜をトッピングとして使用した。
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レストランこそが、今のフードシステムに対する「問い」を人々に投げかけられる存在

さらにもう一つ、同農園から調達した重要な食材がある。それは牛肉だ。ティエンシンファームの農場内には小さな牛舎があり、45頭の牛が飼育されている。この牛たちは、堆肥原料の中核である牛糞を得るために飼育しているものだ。オーガニックで野菜を作るためには良質な有機堆肥が必須となるが、ティエンシンファームでは有機堆肥も自分たちで作っているのだ。ほとんどのベトナム国内の有機農園が海外からわざわざ既製品の有機堆肥を輸入している中、ティエンシンファームは徹底したこだわりを持っている。

「牛の一頭が高齢になったため、悲しいがせっかくの命なので、きちんとした場所で屠殺・精肉し、ティエンシンファームとつながりがある人たち限定で販売して食べようと思っている。」

今回のピザを準備している段階で、たまたまこんな話を濱氏から聞いた筆者は「その牛肉をこの10周年ピザに使わせてもらえないだろうか」と、お願いをした。すると濱氏は「毎日まるで自分の子どものように牛を育ててきたタンさんは悲しむと思うが、意義あることに貢献できるのであればきっと救われると思います。」と、快く受け入れてくれた。

一方で、ピザに牛肉を使うことには不安もあった。なぜならば、気候変動への影響の高さや、あまりにも工業化されてしまった現在の食肉生産システムへの批判から、近年牛肉を食べることはサステナブル志向の人々の間ではタブーになりつつあるためだ。一歩間違えれば「Pizza 4P’sは気候変動について全く理解していない」と、大炎上しかねない。

しかし、それでも筆者はトライする価値があると感じていた。

なぜならば、そもそも同農園は大規模に工業化された畜産農場ではない。有機野菜を作るために必要となる良質な堆肥を作るために牛糞が必要であり、その牛糞をとるために、わざわざ45頭の牛を飼育している。そのため、生産効率を上げるためのホルモン剤の使用や、狭い牛舎に大量の牛が押し込められながら飼育されていることはない。常に牛舎は綺麗に掃除され、衛生的な環境が保たれている。綺麗な環境で健康的に育てられているので、牛が病気にかかるリスクも低く、抗生物質も打つ必要がない。

Image via Pizza 4P’s

さらに、輸入穀物には農薬が多量に使われていることや輸送過程で生じるカーボンフットプリントが大きいことを考慮し、ティエンシンファームでは農園内で栽培されたトウモロコシや牧草のみを与えている。もちろんすべて無農薬だ。

そして何よりも、同農園オーナーであるタン氏の愛情の注ぎ方が素晴らしい。牛たちを家族のように可愛がり、大切に世話をしている。そこには巷で叫ばれる「アニマルウェルフェア」以上の、牛たちへの純粋な愛が感じられる。筆者も何度もティエンシンファームを訪問しているが、その度にこの牛たちの幸せそうな様子に感銘を受けている。

Image via Pizza 4P’s

つまり、一般的な「大量生産されている牛肉」と「ティエンシンファームで大切に育てられていた一頭の牛の肉」は全く異なるものではないだろうか。

かつて牛は、広々とした牧草地で放牧され、穀物ではなく草を食べ、牛ふんはそのまま大地に還り、それが新たな植物のための栄養となっていた。本来、牛というのは循環型農業における人間のよきパートナーであったはずだ。それが今、人間の都合で工業化され、気候変動の原因として槍玉に挙げられている状況は、かつての人と牛のよき関係性への理解が欠けてはいないだろうか。

「肉を食べるか食べないか」も大切だが、「それがどのような農法で作られているものなのか」にも、もっと議論の焦点をあてるべきではないだろうか。そしてレストランこそが、そんな「問い」を人々に投げかけられる存在なのではないだろうか。

そうして、ティエンシンファームの牛肉は、Pizza 4P’sのヘッドシェフの手に渡り、2ヶ月間の熟成を経て牛肉の生ハム「ブレザオラ」に加工された。

ちなみに、ブレザオラを作るにあたって使用した食材もすべてベトナム産で統一した。ベトナム産のウォッカ、カインホア省で、伝統的な製法で作られた海塩、フーコック島産のオーガニック胡椒、などベトナム産の素晴らしい素材を使うことにこだわった。

ティエンシンファームの野菜、Pizza 4P’s自家製チーズ、そしてまるで花びらのように薄くスライスされたブレザオラはピザの上でお互いに重なり合い、一つのピザとして完成した。

ピザのスライスを食べる度に口の中でさまざまな野菜の食感があり、ブレザオラのスモーキーな風味が、クリーミーな自家製チーズと合わさり、まさにティエンシンファームという農場を丸ごと食べている感覚。 Image via Pizza 4P’s

持続可能なフードシステムを目指して

2021年4月中旬、Pizza 4P’sは来る5月に創業10周年を迎えることを記念し、このティエンシンファームとのコラボピザを「10TH YEAR GRATITUDE PIZZA(10年間の感謝のピザ)」としてローンチした。同農園の「幸せな牛」から作られたブレザオラの量が限られていた都合上、ホーチミンのHai Ba Truong店とハノイのTrang Tien店の2店舗のみ、各店舗にて一日限定10食、約2週間の期間限定にて提供した。

このピザの食材で使われているティエンシンファームの野菜や牛肉については、Pizza 4P’sのソーシャルメディアにて投稿を行った。フェイスブックの投稿では、2,000近くもの「いいね」が付き、多くの人々へ私たちのメッセージを伝えることができたと感じている。

実際にこのピザを食べたお客様からは「素晴らしいコンセプト」や「焼いたケール、空芯菜、食材の食感……。美味しい!」といった感想をいただくことができた。

飲食店とサプライヤーは、「売り手と買い手」という殺伐とした関係性になってしまうことがあるかもしれない。しかし、今の持続可能ではないフードシステムを変えていくには、お互いに共創していくことが求められている。持続可能な食材なくして、サステナブルな料理は作れない。一方、消費者からの理解と需要なくして、生産者はサステナブルな農業を継続していくことはできない。生産者と飲食店がお互いに寄り添い、より持続可能なフードシステムを共に目指すことができる関係性を、これからも引き続き考えていきたい。

Pizza 4P’sも持続可能な農法で作られた食材を調達できているかと言われれば、正直まだほんの一部にしかすぎない。しかし、これからの10年、今回作ったピザのコンセプトのような料理が、レストランのグランドメニューとして豊富に提供できることを目指していきたい。まだまだ道のりは長いが、ベトナムにて持続可能なフードシステムを作っていけるよう、Pizza 4P’sとしてこれからも挑戦していく。

筆者プロフィール:Pizza 4P’s Sustainability Manager 永田悠馬(ながた ゆうま)

1991年、神奈川生まれ。東京農業大学を卒業した後、カンボジアに渡航。2014年からカンボジアの有機農業や再エネ関連の仕事に携わったのち、2018年にベトナムへ移住。ケンブリッジ大学ビジネスサステナビリティ・マネジメントコース修了。現在はPizza 4P’sのサステナビリティ担当。著書に『カンボジア観光ガイドブック 知られざる魅力』。

 

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【参照サイト】 Pizza 4P’s

Edited by Erika Tomiyama

※本記事は、ハーチ株式会社が運営するIDEAS FOR GOODからの転載記事です。

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