モビリティも電気も脱炭素へ。屋根から再エネ100%を目指す「Yanekara」
地球に住み続ける──
とあるスタートアップ企業が掲げるミッションである。その名は、『Yanekara(ヤネカラ)』。従来のエネルギーシステムを“屋根から”変革していきたい──そんな想いを持つ20代前半のメンバーによって立ち上げられたエネルギーテック企業だ。
そんなYanekaraが開発しているのが、「電気自動車(EV)を蓄電池に変える太陽光の充放電システム」。太陽光パネルを屋根に設置し、そこでつくった再生可能エネルギー(以下、再エネ)を直接EVに供給できるようにしたり、EVの蓄電能力を電力の需給調整に活用したりすることで、来る再エネ時代に欠かせない調整電源システムをつくっているという。
「自分たちの世代だけでなく、その先の世代が生きていく未来に、自然エネルギー100%の日本をつくりたい」
力強くそう話してくれたのは、Yanekaraの創業メンバーの1人である吉岡大地(よしおか だいち)さんだ。日本で再エネ100%を実現すべく事業を立ち上げた吉岡さんに、Yanekaraの取り組みはもちろん、創業のきっかけ、再エネ導入による課題などを聞いてきた。
話者プロフィール
吉岡 大地(よしおか・だいち)
株式会社Yanekara 代表取締役 / COO / 事業開発統括。University of Freiburg Liberal Arts and Sciences卒業。高校卒業後単身渡独し、フライブルク大学に入学。2018/19年にはイギリスのウォーリック大学に1年間留学し、エネルギー政策について研究。その後、日本のエネルギー業界で複数のインターンを経験。ドイツ、イギリスを中心にヨーロッパと日本のエネルギー政策とビジネスに知見がある。
始まりは、元旦の1本の電話から
「社会の基盤であるエネルギーが再生可能なものになれば、それを使って動くすべてのものが、再エネで賄えると気付いたんです」
幼い頃から自然の近くで過ごすことが多く、「自然と環境問題に関心を持つようになった」。そんな吉岡さんが、再エネの道へ進むことになった最初の契機は、中学生の頃。社会の教科書に載っていた、ドイツのフライブルグという町の写真を見たときだった。“環境先進都市”として紹介されていたその町の存在を知ったとき、「ここに行って環境問題のことを学びたい」と思ったそう。
それから、ドイツの大学に入ることを目指し始めた吉岡さんは、大学入学と同時にフライブルグへ。環境への取り組みが進んでいる町だけに、町のエネルギー政策などから学ぶことが多かったというが、吉岡さんの目を引いたのは、留学のために訪れたイギリスで目にした「市民エネルギー組合」の取り組みだった。
「イギリスでは、村やコミュニティのメンバーが集まり、各自が少しずつお金を出し合って、村の外れに風車や太陽光を設置していました。そこでつくられた電気は自分たちで使ったり、余ったら売ったりしていて、環境に良い電気を生み出しながら、地域経済を活性化させていたんです」
「そんななかで、特に興味深かったのは、取り組みを通して“コミュニティのつながり”が生まれていたことです。地域のなかで再エネを自給自足していくことで、環境や経済だけでなく、社会にもポジティブな影響がある。そんな光景を目の当たりにしたとき、再エネが持つ新たな価値を見つけた気がしました。そして、それは火力発電や原子力発電では達成できないことだとも感じましたね」
「しかし、正直なところ、こうした草の根の活動の難しさも実感したんです。質は良くても量が少ないことから、広がっていくためにはどうしても時間がかかる。日本では、2030年度までに2013年度から温室効果ガスを46%削減するという目標がありますが、それまでに日本で普及させることは難しいと思いました」
そこで、技術を使えば、市民エネルギーの良い部分を残しながらも、より素早く、幅広い人たちに再生可能エネルギーを届けれるのではないか……?そう考えた吉岡さんは、2019年の元旦、もう1人の創業メンバーである松藤さんにイギリスから電話をかけ、「なにかやろう」と持ち掛けた。そうして立ち上がったのが、Yanekaraだった。
「もし、どこかの企業に入って再エネの活動をしようと思っても、下積み時代を終えたらあっという間に2030年はやってくる。そうなったら、もう間に合いません。とにかく、今すぐアクションを起こさないと、自分で起業しないと、と思ったんです」
電気とモビリティを同時に脱炭素化できる充放電器『YaneBox』
ヨーロッパで触れた再生可能エネルギーの可能性。これを日本でも普及させたいという想いで生まれたYanekaraは、「電力システム全体の脱炭素化」と「ローカルでの価値の創造」という2つの大きなビジョンを掲げている。その中心にあるのが、モビリティ(移動)の脱炭素化と、電力の脱炭素化の架け橋であるEVだ。
「今、世界的に脱炭素を目指す大きな潮流があり、再エネへの移行が叫ばれています。エネルギーには大きく、電気、熱、モビリティとあるのですが、日本の家庭部門における熱供給はエアコンが担っていることが多く、既に電化できています。つまり、あとはモビリティさえ電化出来れば、脱炭素化は今よりずっと進むんです。そのカギを握っているのがEVの普及。そして、EVを再エネで走らせることです」
「そして、再エネ普及にあたっては、自然エネルギーが余っているときに溜め、足りていない時に出すことができる巨大な蓄電池の存在が重要になってきます。これをエネルギーの世界では調整力といい、この調整力があればあるほど、自然エネルギーを増やすことができるんです」
そこで、Yanekaraが開発するのが、再エネの大量導入に不可欠な電力需給調整システム。そのシステムのなかで重要な役割を担うのが、屋根の上でつくられた太陽光でEVを走らせ、駐車している間は車のバッテリーを蓄電池として使えるようにする充放電器『YaneBox』だ。
これが1基あれば、4台までのEVの充放電ができるほか、災害などの非常時にも必要なエネルギーを供給できるという。また、他社のシステムとは違い、太陽光パネルからEVへ直流充電できるYaneBoxを使えば、停電時でも充電可能なほか、電力ロスを通常の蓄電池の3分の1に抑えることが可能だという(※1)。
※1 通常のシステムでは、太陽光パネルと急速充電の間に電力系統を挟んでいるため、停電時に充電できない
このように、屋根に太陽光パネルを置くことで、「ユーザーが電気とモビリティを同時に脱炭素化できる」仕組みをつくっているYanekara。その背景には、再エネの本格的な普及にあたって直面しうる「需給バランス」の問題があった。
「電力系統では、需要量と供給量(発電量)が常に一致しないと周波数に乱れが生じ、最悪の場合停電が発生します。再エネは、発電量が天候によって変動するため、本格的に導入されれば、需給のバランスを合わせることが難しくなるんです」
「たとえば、再エネの急速な普及は、2022年3月に起こったような電力ひっ迫の事態が局所的に頻発させ、社会的な負担を増やす可能性があります。メガソーラーがいきなり停止したり、急に雲に隠れて出力が落ちたり、急に風が止まって洋上風力が止まってしまったり……。すでに日本より再エネが普及しているロンドンでは、被雷によって風力発電が止まったことで停電が発生したこともありました。今後、日本で再エネの導入が進めば、同様のことが起こると思います」
「また、再エネそのものだけでなく、私たちの行動も電力需給の乱れにつながります。データによると、車に乗る人の多くが昼間は外にいて、夕方以降自宅に戻ってくるそうです。EVの充電は、基本的に帰宅時、駐車場に駐車した時に開始されるのですが、人々の帰宅時間が重なれば、全国で一斉に充電が行われます。そうなると、電力需要のピークができるため、そのピークの時間のために十分な発電設備が確保される必要があるんです」
EVの充放電のタイミングを制御し、電力システムの安定供給につなげる『YanePort』
EVなどが急速に広まり、突発的に需要が高まることで起こりうる電力需給の不安定化。この課題にアプローチするためにYanekaraが開発したのが、群制御クラウド『YanePort』だ。EVの充電と放電のタイミングを最適にコントロールすることで、電力システム全体の安定供給に貢献するものだという。
「環境が整備されないままEVだけが普及していってしまうと、既存のインフラでは供給しきれず、たとえば電線を太くしたり変電所の変電設備を大きなものに交換したりすることが必要になるなど、多くの困難に直面するかもしれません。また、電力のピーク時の需要を再エネだけで賄えない場合、火力発電所のエネルギーが使われる可能性もあります」
「一方で、調整力となるバックアップの電源が十分にあり、それをうまくコントロールできれば、EVは逆に需給のバランスを助けるデバイスにもなります。EVが再エネ100%への足かせになるか助ける手立てになるか。それは、僕たちが開発しているような充放電システムがあるかどうかで変わるんです」
つくるからには、有限の資源を活用できるように
エネルギーシステム全体の安定性と脱炭素化。これに、屋根というローカルが貢献していく──そんな仕組みを通して、Yanekaraは「量」と「質」が両立した新しい再エネのあり方を提案している。今後、自治体や企業などの車両を対象にサービスを展開していく予定だというが、彼らが事業を行ううえで大切にしていることを伺ってみた。
「極力、自分たちの環境負荷を小さくしながら、地球環境をよくすることは意識しています。たとえば、名刺を間伐材でつくるようにしたり、国内出張の際は飛行機を禁止にしたり。あとは、自分たちが生み出したハードウェアが少しでも長く使えるように設計することは意識していますね」
「僕たちは、環境をよくしたいと思っている会社なので、本当は新しく世の中にハードウェアを生み出すこと自体にも抵抗感があります。それでも、自分たちが生み出すものによって、EVが蓄電池のように使えたり、太陽光でEVを走らせられたり、災害時に活用できたり……良いインパクトがあるからつくりたいと思ったんです。だからこそ、つくるからには有限の資源を活用できるようにという方針で開発しています」
「あとは、現場に行くことも大切にしていて、実際にユーザーのもとを訪れ、見聞きするなかで見つかった課題に対して、技術をもって解決策を組み立てることを意識しています。プロダクトありきではなく、確実に顧客のニーズをとらえて応えていくこと。それが、前に進むために必要だと思っていて、そのためのユーザーへのヒアリングなどには技術開発と同じくらい時間を割いていますね」
一部ではなくて、全体が幸福度高く生きていける社会に
ひとつひとつの声に向き合い、応えていく。自らを信じ、日々一歩一歩進むYanekaraが思い描く「理想の世界」とは、一体どんなものだろう。
「地球の資源って循環しているじゃないですか?その循環の範囲内で人間活動をおさめないと、本来は地球に住み続けられないはずです。ですが、私たちは今、地球約2個分の資源を使って経済活動をしています。将来の世代が使える資源のキャパシティを奪いながら、毎日この地球に生きているんです」
「だからこそ、僕たちは持続可能な形で“地球に住み続ける”ことを大切にしたいと思うし、ミッションにも掲げています。そしてもう1つ、大事だと考えているのが、地球上の限られた資源のなかで人間活動を行うときに、“一部だけではなく、全体が幸福度高く生きていけること”。これが、次の世代にも、またその次の世代にも、ずっと続いていくような社会を残さないといけないと思うんです」
「そんな僕たちの想いに共感してくれる仲間が、これから増えていったら嬉しいですね」
編集後記
地球に住み続けられなくなるかもしれない──そう考えたことがある人は、どれくらいいるだろう?
近年の異常気象はもとより、新たな感染症の流行や紛争など、抗いがたいほどの規模で目前に現れる出来事の数々に、今、我々が歴史的な転換期に生きていると感じずにはいられない。そしてまた、それらすべての出来事が、地球からの“メッセージ”であるように感じてならない。「このままだと、地球に住み続けられなくなりますよ」という警告のメッセージだ。
気候変動、貧困、格差、紛争……世界に共通する様々な課題。それらの解決への糸口を見つけるうえで、心に留めておくべき、大事な言葉を吉岡さんは残してくれたのではないだろうか。
「一部だけではなく、全体が幸福度高く生きていけること」
自分だけではなく、すべての人間、すべての生物が、この地球に住み続けられるように──。私が、あなたが、今できることはなんだろう。「地球に住み続ける」ための挑戦を続けるYanekaraのように、私たち一人ひとりも、大きな挑戦状を受け取っているのかもしれない。
【参照サイト】Yanekara
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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