消費を“減らす”ことを目指す、フランスの脱成長ファッションブランド「LOOM」

消費を“減らす”ことを目指す、フランスの脱成長ファッションブランド「LOOM」

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。

「節度ある豊かさ(abondance frugale)」

経済成長を前提とする社会に異議を呈し、「脱成長(Décroissance)」という概念の提唱者の一人として知られるフランスの経済学者セルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche)氏は、脱成長という言葉をそう表現した。

行き過ぎた資本主義社会では、人々は絶えず成長と発展を追求し続けている。「もっともっと」と常に求め続ける私たちの幸福への欲求は、いつの間にか底なしに。その結果として環境破壊や資源の枯渇、社会的不平等の増大といった多くの問題が浮かび上がっている。

そんな中、そうした社会の成長史上モデルに疑問を投げかけ、「脱成長」の哲学を掲げる企業がフランスのパリにある。ファッションブランド「LOOM(ルーム)」は、無限の利益追求のスパイラルから抜け出すことを目指し、人々の消費を減らすことをミッションに掲げる。

「繊維産業の汚染を減らすためには、衣料品の生産量を減らす必要があると私たちは確信しています。買う量を減らし、より良いものをつくろうという、『少ない方が、良い』という考え方がLOOMの根底にあるのです」

LOOMが取り組むのは、過剰消費を防ぐために不要な広告をなくし、人々が長く愛用できるデザインの衣類をつくることだ。同社の衣類は、高品質を保証するために着用者からのフィードバックに基づいて改善が重ねられている。パリの流行の発信地でもあるマレ地区にある彼らのお店を訪ね、同社の最高執行責任者COOであるClément Potier(クレマン・ポティエ)氏に話を聞いた。

クレマン氏
クレマン氏

「少ない方が、良い」消費を“減らす“ことを目指すファッションブランド

「この店舗をつくったのは、2022年のことです。そしてこれはLOOMの唯一の実店舗になる可能性が高いです。というのも、店を運営するのには多くの時間、資金、エネルギーが必要だからです」

2024年8月現在、LOOMの正社員は9名。常に社員全員のワークライフバランスを優先した意思決定がされている。もともとオンライン販売で利益を出していたLOOMだが、現在も75%のビジネスがオンラインで行われているという。

多くの企業がオンライン販売からスタートし、成功すると小売戦略へと移行して国内に多くの店舗を展開する。しかし、LOOMの考えは、それとは異なるものだった。

「小さいチームで実店舗を増やすと、仕事が増えすぎてしまいます。全国に多くの店舗を展開する場合、多くの人を管理する必要があり、物流や運営面で非常に複雑です。それによってチーム全体にプレッシャーをかけるようなことは望んでいません。この店が上手くいっているのですから、それで十分です」

パリにあるLOOM
パリにあるLOOM

「少ない方が、良い」という考え方が大切にされているLOOMは、従来のファッションブランドとは一線を画す。同社の製品は、会社の設立当初からフランスとポルトガルでのみ生産され、工場を定期的に訪問してコミュニケーションをとることが大切にされている。また他の多くのファッションブランドが行うような年に2回の季節コレクションは存在せず、代わりに耐久性を徹底的に研究した常設のコレクションがある。そのため、LOOMが新しいアイテムを開発すると、2〜5年は同じコレクションが継続して販売されるのだという。

「今日お店で気に入ったTシャツがあれば、6か月後や1年後に戻ってきても、そのTシャツと同じものがまだこのお店に売られているでしょう。そのため購入を急ぐ必要もありません。人々に『このTシャツは最後の一枚だから今買わなければならない』という圧力をかけることもありません」

クレマン氏

実際、LOOMはプロモーションやセールを一切行っていない。商品は年間を通じて同じ価格で販売されており、「9.99ドル」という端数価格を設定することによる販売促進もない。公正な価格設定を維持し、消費者に対して透明性と一貫性を提供している。

広告なし。LOOMの「哲学を伝えるための」マーケティング

「私たちは、単に成長することには価値を見出していません」

そんなLOOMには、広告費やマーケティング予算がない。しかし、彼らの哲学を広めるための重要なコミュニケーション手法があるという。

「私たちが行っていることは二つ。共同創設者がラジオやテレビ、ポッドキャストや小さなYouTubeチャンネルに招待されるたびに参加し、とにかく人々と話をすることです。私が『LOOMにはマーケティング予算がない』と言うとき、それは直接的なお金を使っていないという意味ですが、実際にはこの活動に多くの時間を投資しています。

もう一つは、現在の顧客に、彼らの周りの人々にLOOMについて話してもらうよう促すことです。もし私たちの服に満足しているなら、友人や周りの人々にLOOMのことを話して欲しいと伝えています。時には、顧客が『半年間何も買っていないので、靴下を買いに来ました』と言うことがあっても、『必要ないのなら、その靴下を買う必要はありません』と、私たちは言います。

商品を購入するのではなく私たちは、Googleに良いレビューを残して欲しいのです。今週5人に私たちのことを話して欲しいのです。InstagramでLOOMに関するストーリーを投稿して欲しいのです。それが私たちにとって本当に必要なことです」

LOOM
LOOM店内

さらに、実店舗だけでなくオンラインでも独自のコミュニケーション戦略を展開している。ウェブサイトを通じて、専門的な知識をわかりやすく伝えるブログ記事を公開することで、ブランドの価値観を言語化している。

「ブログの記事は非常に専門的で、同僚たちが調査し、執筆するのに多くの時間を費やしています。これは、私たちのマーケティング戦略の一環であり、新しい顧客にアプローチし、私たちの哲学に共感してもらうための手段でもあります。多くの人々が、LOOMの背後にある哲学が好きで、商品以上に私たちのブランドビジョンを購入してくれていると感じています。

また、LOOMでは年に8〜9回配信するニュースレターを展開。現在5万人以上が登録しており、製品に焦点を当てたコミュニケーションをあえて限定しているのが特徴だ。単に新しいTシャツの色を案内するのではなく、LOOMの哲学について語ったり、ブログ記事を取り上げたりして、より深い情報を提供している。

「低コストの罠から抜け出す」「服の購入を減らすことは経済に良い(ある条件のもとで)」「当社の靴下は3年以上長持ちする」
ブログ記事で取り上げるのは、切り込んだネタが多い。「低コストの罠から抜け出す」「服の購入を減らすことは経済に良い(ある条件のもとで)」「当社の靴下は3年以上長持ちする」 Image via LOOM Blog

なぜLOOMでは、このように自分たちのペースでブランド哲学に妥協することなく、独自の働き方ができるのだろうか。クレマン氏は、従来のスタートアップモデルとは異なる、急速な成長や大規模な資本投資に依存しないLOOMの「独立性」をその理由にあげる。

「LOOMの資本は創設者と従業員、そして顧客に分配されており、2019年以降は600人の顧客が私たちの企業の資本の一部を所有しています(※)。大きな投資家や株主からのプレッシャーを受けることがないのも、私たちの独立性を保てる大きな要因です。彼らは小規模な投資家であり、真に私たちの理念と活動を信じてくれています」

※ LOOMは過去に個人が100ユーロから投資可能な株式投資型クラウドファンディングで資金調達を行っている(わずか3日で70万ユーロ;約1億1,254万を集めた)。また、フランスの金融協同組合La Nefからの銀行ローンと、特定の終了期限を設けず資金回収を前提としない継続的な運営を行うエバーグリーン・ファンドなどを主な資金源としている。

LOOMの独立性
店内にある、LOOMの独立性を伝えるコミュニケーション。

必要でない量の服の消費意欲をそそる、ファッションビジネスの在り方を変えたい

最初からこのように達観した哲学にたどり着いたわけではなかったと、クレマン氏は話す。それはそもそも、「人々が服を購入するのはなんのためなのか」という問いから始まったものだった。

「LOOMを始めたとき、私たちは人々に高品質の衣服を提供すれば、彼らが自分たちのクローゼットに十分すぎるほど服があることに気づくだろうと思っていました。たとえば高品質のTシャツやシャツなどを販売すれば、6か月〜1年ごとにTシャツのセットを新しく購入する必要はありません。それを2〜5年間と持続して着ることができます。そうすることで、人々が購入した衣類の量は5年前と比べてはるかに少なくなる──そんなことをイメージしていたのです。

しかし、私たちが見逃していた点があることに気づきました。それは、人々が衣服を購入するのは、衣類がすり減ったり、穴が開いたりしたからではなく、『購入するべきと思わされるから』なのです」

言われてみれば、私たちの身の回りには、消費意欲を掻き立てるものばかりで溢れている。セールがあり、広告があり、SNSでは毎日のように新しいブランドを見つける。世界中のどこかでは、毎月ファッションウィークが開催され、トレンドは驚くほど速いペースで移り変わる。

「新しい服を見ると人は、新しい服が欲しくなるのです。つまり、長持ちする服をつくることは不可欠ですが、それだけでは十分ではないのです。私たちは、不要なものや欲しくないものを人々に購入させないという哲学も体現する必要がありました」

LOOM

LOOMはさらに、その中で自身のブランドだけでなく、業界全体での変革の重要性を訴える。しかし、伝統的な大手ブランドが自発的に変化するのは難しいため、政府による積極的な規制の必要性を強調している。

「例えば、市場に出される衣服の数に上限を設けること、製品の価格に生産の環境的および社会的コストを反映させることが含まれます。また、守られなければ罰金を科すなどの措置も必要でしょう。アルコールやタバコに規制があるように、衣料産業にも無駄な消費を抑えるための規制が必要です」

そうした考えのもと、LOOMは持続可能なファッション業界を推進するため、他のブランドや産業と共に積極的な法改正を推進する協会「En Mode Climat」を設立した。生産量の削減や、生産の再ローカル化、および使用済み衣類の再利用を推進している。より大きな利潤の追求をし続ける社会に歯止めをかけるには、一企業だけではなく社会レベルでの制御が必要なのだ。

LOOM店内にあるライブラリー
LOOM店内にあるライブラリー。脱成長などに関する、LOOMの哲学を伝える本が並べてある。

「成長」をコントロールすることでLOOMが実現したい未来

多くの人々がビジネスを始めるとき、願望や野心を持つだろう。起業家が最初は『成長しなければ』と思うのはいたって自然なことだ。そうした社会の流れを理解しながらも、ビジネススクールで学び、経営を理解し実践してきたクレマン氏だからこそ、脱成長の思想をビジネスに取り入れることの重要性を話す。

「ビジネススクールではもちろん、『脱成長』というのはもはや禁句でした。ビジネススクールは、会社を成長させることを学ぶためにあるものですからね。しかし、実際に会社を運営してみると、会社の最適なサイズが必ずしも大きいわけではないことに気付かされます。企業が一定の規模を超えると、管理が複雑になり、効率が低下し、コストや時間の負担が増大することがあるのです。そこで生まれるのが、『Small is beautiful(小さい方が美しい)』という考え方です。

私たちはよく、フランスのパン屋を例に話します。フランスの人々は毎日パンを食べるので、至る所にパン屋があります。もしパン屋の事業がうまくいけば近所の人が買いに来てくれて、時間が経つにつれて店は一定の売上高に達するかもしれません。しかし、ある一定のポイントに達すると、それ以上売上を伸ばすのは困難です。なぜなら、フランスでは家の近所のパン屋を利用することがほとんどなので、遠くの地域からわざわざ私のパン屋に来る人は少ないからです。

もし私が国際的な大企業を目指すなら、考え方を変える必要がありますが、小規模で質の高いサービスを提供することに焦点を当てれば、やがて『来年は今年と同じ目標にする』と、落ち着くのが普通です。無理に規模を拡大することの弊害を避け、より人間的で管理しやすい企業体を維持する必要があるのです」

LOOM

もちろん、脱成長をビジネスに導入するには、段階的なプロセスが必要であるともいえる。LOOMは厳密に言えば、脱成長のフェーズにはまだ達していないという。

「私たちはまだ若い会社で、実のところはもう少し成長する必要があります。スタッフが適切な報酬を受け取り、請求書や供給者への支払いが滞りなく行われ、LOOMに関わるすべての人が幸せな生活を送ることができるレベルに達する必要があるからです。ここで私が言う成長とは、LOOMがこれ以上人を採用することなく達成できる範囲での成長を意味しています。毎年25%の大幅な成長を追求するものではありません。出費をカバーするために2〜3%の成長を目指していくことかもしれません。これができたら、この種のビジネスモデルの実現可能性が証明されたことになるでしょう」

企業の成長が永遠に続くわけではないことを受け入れれば、いつかは新商品の開発にブレーキをかけなければならないときがくる。成長が一定のレベルに達したとき、つまりLOOMが設定した豊かさの「節度」に到達したとき、彼らが求めるのは少なくとも利益を増やし続けることではないということだ。

「今より少し働く時間を減らし、雇用者や従業員としてもっと自由な時間を持つでしょう。より多くのことをするのではなく、より良い服をつくり、より良い行いに集中するでしょう。それが私たちの一つの終着地点です」

クレマン氏

編集後記

太陽が降り注ぐ8月。バカンス文化の根付くフランスで、首都のパリから一斉に人々がいなくなり、街がゴーストタウン化することはよく知られている。市民は皆、都市部から離れ自然の近くで思い思いの休みを過ごす。木漏れ日の中で読書をしたり、海に入ったり、山でハイキングしたり。それは効率性とは真逆の、非日常的な時間だ。

LOOMの店舗もそんな例に漏れず、サイトを訪問すると「7月28日から8月26日まで休業」と大きく書かれていた。一か月間お店が休みになるのは、夏のパリでは全く珍しいことではない。

フランスで生活をしていると、こうしてどこか人々の生活の中に「余白のある時間」「何もないことを楽しむ時間」が多く存在し、これが多くの人々の人生にとって大切な価値観とされていると心底感じる。冒頭で紹介した、脱成長の提唱者セルジュ・ラトゥーシュ氏もフランスで生まれ育った人物であり、同国が脱成長の概念の発祥地であることも、どこか納得がいく。フランスにおける持続可能なファッションの先駆者であるスニーカーブランドVEJAも、LOOMと同様に広告を打たず外部の投資家も持たない点に加え、従業員のウェルビーイングを最も重要視するために生産を制限するなど複数の共通点があった。

経済成長は人々にとってわかりやすく魅力的な道筋であるが、自然界や生物の成長と同様に、無限に続くものではない。ある生物が成熟期に達すると、成長速度は減速し、やがて停止する。同じようにこの状況に直面する現代社会において、経済成長に代わる、多くの人が迷いなく、価値があると認められる次の指針を見つける必要がある。LOOMの事例から、私たちはどのような示唆を受け取れるだろうか。

【参照サイト】LOOM公式サイト
【参照文献】『脱成長』(セルジュ・ラトゥーシュ・白水社クセジュ・2020年)
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