フードテック業界の最先端から見る、食とテック。共生する未来とは?
“Social Food Gastronomy(ソーシャルフード・ガストロノミー)”を提唱し、日本サステイナブル・レストラン協会のプロジェクト・アドバイザー・シェフも務める杉浦仁志シェフが、食の分野におけるサステナブルな未来を目指すキーパーソンを紹介し、これからの食の在り方を社会に伝えていく連載「持続可能なガストロノミー」。IDEAS FOR GOODではその中で、食とテクノロジーをテーマにした「Future Food Teach(未来のフードテック)」についても、杉浦シェフとともに特集をお届けしていく。
初回は、アメリカ・シアトル発のフードテックカンファレンス「スマートキッチン・サミット(通称:SKS)」の日本版である「SKS JAPAN」の創設に携わり、食とテクノロジー&サイエンスをテーマにした業界動向調査や情報発信を行うなど、フードテック分野のパイオニアとして尽力している岡田亜希子氏(株式会社シグマシス Research/Insight Specialist)を紹介する。
大学院卒業後、大手外資系コンサルティングファームでハイテク業界のリサーチャーとしてキャリアを積み、食とはまったく無縁の世界にいた岡田氏。あるとき、食に関するプロジェクトに偶然関わることになり「テックから見た食の世界」に可能性を感じたという。フードテックにはどんな可能性があるのか、食の世界におけるテクノロジーの課題、食とテクノロジーの未来や関係性についてお話いただいた。
話し手プロフィール:岡田 亜希子氏
株式会社シグマクシス Research / Insight Specialist。アクセンチュアを経て、マッキンゼーにて10年間、ハイテク・通信分野のリサーチスペシャリストとして従事。17年シグマクシスに参画。「SKS JAPAN」の創設およびその後の企画・運営に参画するほか、フードテック関連のコミュニティ構築、インサイトの深化、情報発信などの活動に従事。18年『フードテックの未来』(日経BP総研)監修。著書に20年『フードテック革命 世界 700 兆円の新産業 「食」の進化と再定義 』
聞き手プロフィール:杉浦仁志(すぎうら ひとし)シェフ
ONODERA GROUPエグゼクティブシェフ。2009年に渡米し、料理業界のアカデミー賞とされる「ジェームス・ビアード」受賞シェフであるジョアキム・スプリチャル氏のもと、 LA・NYCのミシュラン星つきレストランで感性を磨き技術を習得。海外で培った国際的な食経験を通じ、日本におけるヴィーガン・プラントベースの第一人者として貢献し多数の受賞歴を持つ。現在は“Social Food Gastronomy”を提唱し、より多角的な視野から社会貢献とイノベーションを展開。2050年に向けた次世代のシェフモデルとして注目される。現職を務めながら日本サステイナブル・レストラン協会プロジェクト・アドバイザー・シェフに就任。
「日本の強みを活かしたい」出会った食×テックの世界
「大学時代は、開発経済学や国際公共政策などを専攻していて、企業に関わる活動というより、パブリックセクターや国際協力などで、社会のしくみに関わる活動がしたいと思っていたんです」という岡田氏。
そのためにはまず、ITや英語が必要だと考えアクセンチュアに入社。その後、マッキンゼーに転職し、仮説検証や戦略策定に必要な情報を集めて分析するリサーチャーに。半導体や携帯などの情報通信・ハイテクメディア担当として約10年、力を注いでいた。当時、日本のハイテク・通信業界はとても強かったが、徐々にそれまでのハードからソフトやプラットホームの時代へ。気づくと日本企業の存在感は薄く、テクノロジー業界における日本企業のマーケットシェアはどんどん失われていった。
「日本企業のプロダクトは作りも丁寧で、エンジニアリングのレベルも非常に高い。しかし、特にリーマンショック以降市場が冷え込むと、戦略の軸足は新規事業よりもコスト削減に移っていきました。コスト削減も重要なテーマですが、リサーチャーとしては、新しい技術、イノベーションによって新しい市場が開拓されていくことに貢献したいという気持ちが強くありました」
そんなとき、偶然、食に関するプロジェクトに取り組むことになった。
「そのときに初めて、『テックの視点でみたときに、食の世界では何が起きているのか?』というお題が降ってきて、可能性を感じたんです」
衝撃を受けた、日本の先をいくアメリカのフードテック事情
2016年当時、アメリカで開催されていたSKS(スマートキッチン・サミット)の存在を知り、「これは怪しい」とリサーチャーの勘が働いた。スマートキッチン、キッチンOSなど、日本ではあまり聞いたことがないものばかり。日本には、世界的に見ても非常に高機能な調理家電は数多く普及していたが、キッチンのオペレーションシステムという概念は全く議論されていなかった。
実際に現地に出向き、岡田氏は2つの大きな衝撃を受けたという。
「SKSの主催者であるマイケル・ウルフ氏は、もともとスマートホームのリサーチャーで、食の専門家ではなかった。『スマートキッチン領域で面白そうなことをやっているイノベーターが、アメリカ西海岸には多い』と気づいてSKSを始めたんです。登壇者には、アマゾンのような小売、サムスンのような家電メーカー、キャンベルスープのような食品メーカー、フードテック領域専門の投資家など、業界を超えて未来の食を議論するコミュニティがあって、カンファレンスで熱く議論しているのは衝撃でしたね」
日本の場合は展示会やカンファレンスが業界ごとに開催されていて、「食の未来を考えよう」と異なる業界・業種が横のつながりで意見交換をすることが当時は非常に珍しかった。そして、もう一つの衝撃は「登壇者に日本企業がおらず、参加者の中にも日本人が見当たらなかった」ことだった。
「健康面やサスティナビリティ、味など、多くの面で日本の食は優れているはず。それなのにこのコミュニティの一員になれていない……まさにジャパン・パッシング(日本に関する関心が低いこと)だと」
食に関わり始めたタイミングで、シグマクシスに転職。日本でも、業界や業種を超えて食の未来を創るコミュニティを構築したいと考え、SKS JAPANを開催。日本でほとんど議論されていなかった「フードテック」という分野への関心が高まるきっかけとなった。
「企業の戦略を構築するためのリサーチは、目的が企業の経済的利益を増やすことなので、市場や競合の状況、消費者ニーズなどが中心です。ただ、食はそうしたビジネス上の観点だけではなく、健康面、文化面、倫理面、社会システムなど多岐にわたる観点で考える必要があります。予防医学研究者である石川善樹先生は『テクノロジーだけのイノベーションではダメ。人間のウェルビーイングにかかわるものでないと』とおっしゃっていますが、こういう視点はすごく大事だと思っています」
人間が求めているからと言って、必ずしも時短調理できるといった便利な家電を出すことだけが正解ではない。自動化すると人間側が料理の技を忘れてしまったり、インスタント食品を使うと罪悪感を抱いたり、といったマイナスのことも起こりうる。
杉浦氏は、レストラン業界も同じだと語る。
「料理人を通じて、新しいサービスを生み出したり、食業界全体や農家さんの食材の価値を高めたりする可能性があると思っています。ただ、レストランはまだ『食べる』という行為の一つ、パーツであって、『社会全体の食』を取り囲むところまではいけていません。総合的に社会的に貢献する、価値を作るといった料理人が、もっといてもいいのではないかと思っています」
必要なのは、「自分にとっての食の価値」に気づくこと
近年、人類の死因は、飢餓よりも肥満に起因する生活習慣病が多くなったと言われています。つまり、現代は「食をどう選択するか」が問われる時代であると言えます。「食を選択できる」時代。‟どう選ぶか”が重要だと岡田氏は言う。
「選択する観点としては、個々の体調や嗜好、アニマルウェルフェア含む環境問題ですが、うまく賢く選択するためにテクノロジーを使うことができないかと考えています。
これまでは『3分で食べられる』『これ1本で栄養が摂れる』といったものを選んだり、昔から食べ慣れてきたものの中から無条件で好きなものを選んだりするといった基準でしたが、今後は選択するときのその人の考え方や、どれくらい選択することに時間をかけられるのかが重要になってくると思うんです」
今は、テクノロジーがいろんなことを選べるようにしてくれる。家電はラクに時短で料理を作らせてくれるし、食品スーパーもいろいろな食材を選ばせてくれる。ただ、自分の中の軸や価値観に気がつかないと、何かしら無理がある状態になってしまうのではと、岡田氏は懸念している。
「現代はスマートウォッチなどで体重やストレスレベルなど心身のデータが可視化されたり、SNSで大量の情報が流れていたりして、そうしたことが判断の根拠になっています。知らないうちにいろいろなものに影響されてくるので、自分の軸をどこに持つかは大切なことだと思います」
どういう情報をどう自分に取り入れて最適化していくか、個人が考えなければならない時代ということだ。
いかに社会的インパクトを出せるかに挑戦していきたい
現在、岡田氏は大企業やスタートアップから新規事業の相談を受けている。そうした中で、経済的利益はもちろんのこと、いかに社会的インパクトを出せるかに挑戦していきたいという。
その中で成功事例として名前があがったのが2つ。一つが「フーズカカオ」 。カカオ豆の生産・加工技術に強みを持つスタートアップだ。東南アジアのカカオはアフリカなどに比べると質が悪いと言われているが、同社は豆の発酵技術を駆使し、質を改善。現地の農家や大学などとも協力している。確かなおいしさから日本の高級ホテルでも採用されるまでになった。現地の人が気づかなかった技術をインストールし、雇用も生み出してさらにおいしいものを届けているという成功例だ。
もう一つが「シーベジタブル」。海藻の研究開発を強みとするスタートアップで、日本近海の海藻が激減していることに強い問題意識を持っており、環境負荷の少ない陸上養殖や海面養殖によって生産を広げながら、新たな食べ方の提案まで行う。海藻そのものの養殖技術の発展もしかり、海藻を食べる文化を作り、海の生態系を守ることにもつながっている。
人がやるべき価値、ロボットが最適化してくれる未来
杉浦氏は、料理人としての立場からフードテックに期待を寄せている。
「例えば、アレルギー情報を登録して情報共有できるアプリ『キャンイート』のようなものは料理を提供する側にとって便利なツール。また、飲食業界では長時間労働で休みが取れていない状況がほとんどです。テックを使ったサービスで労働時間が短縮して人員が削減できれば、休みや家族との時間が取れるようになります。実際、配膳ロボなどは、忙しいときに本当に助かる戦力になりますし、人が雇用しづらい地方などでも活用しやすい。まさに労働の最適化につながります。ゆくゆくは食の価値を+αできるようなテックが生まれたらいいとも思います」
ロボティクスで食の現場が自動化される未来は、意外と早く来るのではないかと語る岡田氏。
「アメリカや中国では、ここ3年くらいでコーヒーやピザなど、ある程度定型化しているものの調理は自動化されつつあります。日本でも、すでに自販機の進化版なども出てきていますよね。スマートホームなどデジタル技術領域において、日本は諸外国のトレンドから5年位遅れている肌感ですが、これからも少しずつこういったロボティクスの活用は増えてくるのではないかと思います。
技術的にはできても、誰が推し進めるかが問題です。また、ロボティクスは数がないとコストが高くなってしまうので、日本だと飲食店の店舗の規模が小さく、個人店も多いという点で難しさもあります。学校やオフィスなどのカフェテリアといったところのほうがロボットの実装は早いかもしれませんね」
人がやるべきサービスとロボットがやるべきサービス、この2つがしっかり分かれて進化していけば、無限の可能性がある。
テクノロジーの使い手は「人」
「私たちがいつも言っているのは、機械ではなく、人が賢くなるテクノロジーの使い方をしなくてはならないということです。特に食においては、あまりにもテクノロジーが発展しすぎると人がその技術を受容するのに構えてしまいがちです。テクノロジーを活用するのは良いことですが、機械が自分にとって何をしてくれているのかを考える必要があると思います」と岡田氏。
杉浦氏は「最先端のことを突き詰めていくのも大事ですが、より人間が人間らしく生きるためにどうするか考えることは大切。事業として突き詰める、業績を上げる、利益を出すということはもちろん、人間的な道徳性も加味してテックバランスを取ることで、より良い社会が生まれていくのでしょう」と締めた。
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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