“誰も置き去りにしない”まちづくりを。持続可能なモビリティに求められる「公正な移行」
「優れた交通システムは、誰も置き去りにしない」
2022年5月に開催された国際交通フォーラム(ITF)サミットでの、事務局長のキム・ヨンテ氏の言葉だ。ITFは、64の加盟国、民間企業、有識者が、交通政策に関する意見交換と、交通に関する調査研究を行う組織だ。同サミットでは、世界各国政府のモビリティにおける包括性と持続性を評価し、「人」を中心とした持続可能なモビリティシステムの移行が議論された。
手頃な価格で、安全かつ快適なモビリティは、雇用、医療、教育などへのアクセスに欠かせず、社会経済的平等を左右する。性別、年齢、能力、社会経済的地位、地理的条件に関係なくモビリティにアクセスできる社会は、私たちが目指すべき世界であり、すべてのステークホルダーにとって公正かつ平等な方法で移行することが求められている。
現在、交通・輸送は世界の温室効果ガス排出量の約20%を占めており、このままでいくと2050年までに60%増加すると予測されている(※)。2030年までに世界の二酸化炭素排出量を半減し、2050年までに「ネットゼロ」を達成するという国連のパリ協定目標を達成する上でも、持続可能なモビリティへの移行は喫緊の課題である。
本記事では、世界の「持続可能なモビリティへの公正な移行」の動きを見ていく。
欧州で進む持続可能なモビリティへの移行
欧州では、1990年代から持続可能なまちづくりを提唱し、自動車の車線規制や、LRT(次世代型路面電車)の導入などの交通政策を進めてきた。2000年代に入ると、英国、フランスなどで都市モビリティ計画策定が強化され、2010年から2013年には、それまでの各都市の経験を踏まえた「持続可能な都市モビリティー計画(SUMP:Sustainable Urban Mobility Plan)」を、欧州全域に向けた一つの指針として取りまとめた。
このSUMPガイドラインはEU域内の公用語に加え、トルコ語、中国語、日本語などの言語にも翻訳されており、持続可能な都市モビリティの構築に向けた計画策定の方法として世界的に注目されているのがわかる。それにより、欧州をはじめとする世界中の多くの都市がSUMPを策定する流れが生まれ、都市モビリティ策定者によるコミュニティが形成されているのだ。
欧州委員会が運営する欧州の都市モビリティ関係者の協議会では、SUMP策定者向けの各種教育や情報提供をおこない、各都市の成功事例や、数多くのツールやノウハウを情報ポータル上で公開している。
ロンドンの「超低排出ゾーン(ULEZ)」制度
ロンドン市は、2018年に交通戦略を策定し、2019年に大気汚染を軽減して市民の健康を改善する目的で世界初となる「超低排出ゾーン(ULEZ)」を市内中心部対象に導入した。
この制度では、排出基準を満たさない車両が対象区域を通行する際、1日12.5ポンド(約2,045円)を課す。2021年10月には対象区域を一部拡大、2022年11月には市内全域を超低排出ゾーンに指定することを発表。
ロンドン市は、この超低排出ゾーンにあわせ、バスのネットワークを充実させる計画と、障がい者や低所得者、慈善団体、従業員10人以下の企業を対象に、車両の交換や改良を支援する「スクラップスキーム」の実施も発表。「スクラップスキーム」には1億1,000万ポンドの財源を確保し、不適合車両を廃車または改良する場合に、現金や公共交通機関の年間パスを配布する。
以前に実施した同スキームでは、1万5,200台以上の車両の切り替えに成功しているが、まだ使用できる車両の廃車や、部品リサイクル率の低さ、廃車となった自動車が長年野外に放置された問題などで同スキームに反対意見もあり、自動車の廃車に関する規制の強化および廃棄関連事業者による規制遵守が求められている。
【参照記事】排ガスの多い車はお断り。ロンドンが街全体を「超・低排出ゾーン」へ
パリのモビリティ政策に求められる「公正な移行」の視点
パリ市では、2022年9月から、騒音や気候変動対策のためにオートバイの駐車代が有料化された(電動バイクは引き続き無料)。
パリの家賃が高いために、郊外に住みバイクで通勤しなければならない人なども多い。さらに、ヨーロッパ全体で生活費が高騰しているこの時期、新しい駐車料金制度は、多くのバイカーの生活に大きな影響を与えると予想される。これに対しパリ市は、電動バイクへの買い替えに400ユーロの補助金を支給するが、新車購入にはそれ以上の費用がかかるだろう。パリ市は今後、公共交通機関の充実や、その費用の支援など、所得格差を考慮した公正な移行のための施策をすすめる必要がありそうだ。
また、フランスの都市では、公共交通機関の一部または全部を無料にする実験が2015年から行われている。モンペリエ市では、気候変動対策と大気汚染改善のため、2020年から週末の公共交通機関の無料化を開始し、2021年には18歳未満と65歳以上を無料化、2022年12月21日からは市民すべての完全無料化を実現した。これにより、10代の若者が公共交通機関を利用する割合が2倍になったという。子ども2人がいる4人家族の場合は、年間826ユーロの節約になるとされ、フランス最大規模の公共交通機関無料化の例として注目を浴びている。
すべての人がデジタルモビリティの恩恵にアクセスできるために
スマートフォンの普及とデジタルデータの収集により、モビリティやロジスティクスを管理するためのデジタルソリューションが拡大している。欧州では2019年1月から、研究・イノベーションプログラム「ホライズン2020」の枠組みにて、社会的弱者や障がい者のニーズを組み込んだ包括的なデジタルモビリティ―ソリューションを提供するための実証実験「INDIMO(Inclusive Digital Mobility)プロジェクト」を実施した。
2022年末までの3年の期間、エミリア(ルーマニア)、アントワープ(ベルギー)、ガリレイ(イスラエル)、マドリッド(スペイン)、ベルリン(ドイツ)の5都市で行なわれた実験の成果をもとに、実用的なオンラインツールや研究資料をまとめたINDIMOツールボックスを作成。デジタルモビリティの開発者、政策立案者、サービス事業者が、アクセシブルで包括的なモビリティソリューションを設計・実装できるよう、6つの言語で無料公開している。
グローバルサウスにも広がる、持続可能なモビリティの公正な移行
こうした欧州での持続可能なモビリティの公正な移行の動きは、グローバルサウスにも広がっている。
東アフリカの輸送の約70%は、軽量で小回りの利くバイクが担っている。一方で、ウガンダの首都カンパラには、ボダボダと呼ばれるバイクタクシーを含めた10万人を超えるオートバイ利用者がいるが、そのバイクのほとんどは古く、大気汚染が問題となっているのが現状だ。
そこでウガンダ政府は、ライダー全員に電動バイクを無料で配布することを検討している。全国に充電ステーションを配置し、バイクのバッテリー交換システムを導入して利用者の負担を減らす計画だ。この施策による影響は大きいと試算されており、東アフリカから旧式のオートバイが消える日が近いと予想されている。
誰も置き去りにしない都市モビリティの構築へ
持続可能なモビリティへの移行には、ステークホルダーや一般市民の広い支援が不可欠だ。
欧州のSUMPガイドラインでは、ステークホルダー・市民参加の計画として、「重要なステークホルダーや市民の協力を得て策定されたSUMPのみが受け入れられ、施策実施や財政面にも効果を発揮するものとなる。したがって、市民やステークホルダーの参加は、SUMPの基本的な要素である」
と明記している。
日本では、人口減少、自家用車の高い依存、公共交通の担い手不足などにより、地域が求める移動ニーズに地域公共交通が対応できない可能性も指摘されている。それを補うために、MaaS(Mobility as a Service)や新しいコンセプトのモビリティの開発も進められている。近い将来、ライドシェア、無人の電気自動車や、空飛ぶタクシー、ドローン物流、貨物飛行船の利用が一般的になる日も近いだろう。
すべての人が手頃な価格で、安全かつ快適な交通手段にアクセスできる社会の実現には、個人でも自分の住む都市の交通計画に関心を持ち、誰も置き去りにしない都市モビリティの構築に参加していくことが求められている。
※ World Bank 「Transport Decarbonization Investment series」
【参照サイト】The Urban Mobility Observatory「Keeping a ‘Just Transition’ to sustainable mobility」
【参照サイト】The Urban Mobility Observatory「持続可能な都市モビリティ計画の策定と 実施のためのガイドライン」
【参照サイト】INDIMO(Inclusive Digital Mobility Solutions)
【参照サイト】The Guardian「New London Ulez scrappage scheme worth up to £3,000 to low-income motorists」
【参照サイト】ロンドン市HP「The Ultra Low Emission Zone (ULEZ) for London」
【参照サイト】Euro News「Motorcyclists grumble about new parking fees in Paris」
【参照サイト】Visordown「UGANDAN PRESIDENT MUSEVENI TO GIVE RIDERS A FREE ELECTRIC MOTORCYCLE」
Edited by Erika Tomiyama
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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