欧州がコオロギを「食品」認定。代替肉から昆虫食まで、食糧危機を救う「未来のたんぱく質」
SDGs17目標の2番目にあげられている「飢餓をゼロに」。いま、ロシアによるウクライナ侵攻や、世界各地で頻発する異常気象の影響、それらに起因するアグフレーション(農産物のインフレーション)により、食糧危機は「2030年までに解決すべき将来の課題」ではなく、もはや「目の前にある危機」となっている。
WFP(国連食糧計画)が2022年9月に発表したところによれば、飢饉の一歩手前の緊急事態に置かれている人の数は、直近では世界82か国で3億4,500万人に上る。これは、2019年時点の1億3,500万人の約2.5倍の水準だ。とりわけ、数年間にわたり干ばつが続いているアフリカ東部ソマリアでは2,200万人が飢餓寸前の状態にあり、国土の1/3が洪水で浸水したパキスタンでも事態は極めて深刻である。
こうした、今まさに目の前にある危機に向き合うだけでなく、2030年までの長期目標「飢餓をゼロに」の実現に向けた取り組みも同時に加速させる必要がある。そのための処方箋としては、食品ロスの削減や、穀物由来バイオ燃料の見直し、合成生物学の技術を使った作物の収量拡大などが挙げられるが、近年注目されているのが「代替たんぱく質(alternative protein)」だ。
本記事では、代替たんぱく質が普及する背景や、世界の取り組みをご紹介したい。
迫る食糧危機。欧州が幼虫・イナゴ・コオロギを「新規食品」として正式に承認
農林水産省によれば、私たちの主要なたんぱく源である、牛肉、豚肉および鶏肉を1キログラム生産するために必要な穀物は、とうもろこし換算でそれぞれ11キログラム、6キログラム、4キログラムに上る(※1)。
人口増加と途上国の生活水準の向上により食肉需要は増加しており、その飼料である穀物への需要も増加の一途である。この長期トレンドと冒頭に述べた要因により穀物需給はひっ迫し、価格の急騰を招いた。これが貧困国における食糧危機を深刻化させている大きな要因だ。
穀物需給ひっ迫の解決手段として既に実用化されているのが、大豆などの植物性たんぱく質を原料とする「代替肉」だ。米国では、ヴィーガンやベジタリアンなど健康志向の後押しもあり、代替肉の市場規模(小売りベース)は2018年の8億ドルから2020年には約14億ドルにまで拡大した。しかし、足元では価格の高さがネックとなり普及スピードは鈍化傾向にある。
代替肉のほか、新たな「代替たんぱく質」として期待が高まっているのが昆虫食だ。日本国内ではまだ研究段階とみなされている昆虫食だが、EUは普及に向けて大きな一歩を踏み出している。欧州委員会は2022年の2月、ゴミムシダマシの幼虫、イナゴに続きコオロギを3番目の「新規食品(Novel Food)」として正式に承認した。公表資料の中で、これらの昆虫は安全で栄養価が高く、なおかつ環境負荷が低い食料であり、そのままスナックとして、あるいは粉末にして他の食品原料として食べることができると述べている。
?? Whether a snack or a food ingredient, did you know there are currently three insects authorised in the EU 'novel food'?
‘House cricket’, ‘yellow mealworm’ and ‘migratory locus’ are the three types of insects authorised as ‘novel food’ in the EU market. ? pic.twitter.com/PIvWNVWtBr
— European Commission ?? (@EU_Commission) August 12, 2022
日本国内ではこうした法制化の動きはないものの、ベンチャー企業グラリスが徳島大学の基礎研究を基にコオロギ食の実用化に成功し、自社オリジナルのカレーやクッキーの販売のほか、「コオロギせんべい」など他社製品への原料供給を行っている。
「代替たんぱく質」普及の追い風になっているものは?
さて、これまで食糧危機の観点から「代替たんぱく質」を見てきたが、気候変動問題の観点からも考察を加えたい。
第一に、温室効果ガスの問題だ。FAO(国連食糧農業機関)の報告書によれば、世界の温室効果ガス排出量に占める農林畜産など土地関連セクター(AFOLU)の構成比は24%にのぼり、そのうちおよそ半分が家畜のげっぷや排せつ物に由来する(※2)。
割高な価格が「代替肉」の普及の妨げになっていることに触れたが、これは、牛・豚・鶏などの食肉が温室効果ガス排出に伴うコストを適切に負担しておらず、本来あるべき価格より割安になっているとの見方もできる。世界有数の畜産大国であるニュージーランドは、2025年の「げっぷ税」導入を検討中だ。他の国・地域でも食肉への適切な環境コストの賦課が進めば、割高感解消による「代替肉」市場拡大や、昆虫食の利用を後押しするであろう。
もう一つが森林減少の問題だ。世界的な食糧需要の増加に応えるため、森林伐採による農地への転用が進んでおり、国際NPOであるForest Trendsの調査によると、2013~2019年における熱帯林の消失の約6割が農畜産物の生産に起因している。牛肉、大豆などは、森林減少の原因となる森林リスク・コモディティと呼ばれている。
2021年の国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)では、温室効果ガスの吸収源としての森林の重要な役割が再認識され、先進国では森林リスク・コモディティに関するデューディリジェンス法制化の議論が始まっている。こうした動きも、「代替たんぱく質」普及の追い風だ。
昆虫食は「未来のたんぱく質」として人類を食糧危機から救えるか?
ここまで述べた通り、食糧危機と気候変動双方の観点から「代替たんぱく質」の市場拡大が期待されている。では、その障害となるものは何であろうか。
一つは畜産業界の抵抗。公正な移行のためには、すべてのステークホルダーにとって公正かつ平等な方法を慎重に考慮する必要がある。これは政治的な決断による解決しか道がなく、各国・地域の首脳のリーダーシップに期待したい。たとえば2022年10月、フランスでは、欧州ではじめて植物由来の食品名に「ステーキ」「ソーセージ」「チキン」などの使用を禁止する法律が施行された。農業大国として、畜産や酪農産業に携わる人々や食肉業界を守る動きでもある。
もう一つが私たちの食文化との軋轢だ。昆虫食を抵抗なく食べられる人はおそらくまだ少数派であろう。
昆虫食が「未来のたんぱく質」として人類を食糧危機から救えるかどうか。量産技術など供給側の課題もあるが、それ以上に私たち自身が固定概念を打破できるかどうかにかかっている。
※1 農林水産省 食料自給率のお話「その4.お肉の自給率」
※2 国連食糧農業機関(FAO) GREENHOUSE GAS EMISSIONS from Agriculture, Forestry and Other Land Use
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【参照サイト】The Guardian, The Guardian view on the global food crisis: this is just the beginning
【参照サイト】農林水産省 穀物等の国際価格の動向
【参照サイト】European Commission, Approval of third insect as a Novel Food Questions and answers
【参考文献】Good Food Institute, “2021 U.S. Retail Market Insights Plant-based food”
【参照サイト】France bans use of ‘steak,’ ‘sausage’ to describe vegetarian products
Edited by Erika Tomiyama
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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