刑務所×サーキュラーエコノミーの可能性を考える
刑務所、受刑者。
この言葉を聞いて、「怖い」「危ない」といったネガティブなキーワードを連想する人は少なくないだろう。しかし、そもそも刑務所や受刑者について話を聴いたり、かかわりがあったりする人は、どれほどいるのだろうか?
2020年末時点で、日本全国には61の刑務所が存在し、およそ4万人の受刑者がいた(※1)。受刑者の数はそれまでと比較し、少しずつ減少しているというが、同時に刑務所は様々な課題を抱えている。出所後の就職難、再犯率の増加、受刑者の高齢化に伴う介護負担の深刻化、刑務所内で働く刑務官の人手不足……。今や刑務所は「社会の縮図」とも言われる。
そんな刑務所の課題を変えられるのは、行政だけではない。そう聞いたら驚くだろうか。だが、実は日本では、約15年前から民間企業や地域を巻き込みながら、受刑者の人々の更生や再犯防止を目指す取り組みが行われてきた。いち企業人として、いち個人として、誰もがより良い刑務所の未来をつくることができ、さらに受刑者が持つスキルのシェアやリペア作業などを通した資源の循環と言った「循環型社会」の実現に向けても、刑務所という場所には大きな可能性がある。
2022年3月17日、「刑務所と協働するソーシャル・イノベーション」と題し、刑務所との協働を呼びかける新しい形のカンファレンスが開催された。SDGsの目標にもなっている「誰一人取り残さない社会」の実現のため、企業や個人として刑務所とどのようにかかわっていけるか──という問いの答えを探るべく、イベント内では、日頃受刑者たちの更生プログラムにかかわる企業の方々、また今回のテーマである「サーキュラーエコノミー」の実践者によるトークセッションなどが行われた。
本記事では、「地域を巻き込んだ刑務所と民間の協働事例」「刑務所におけるサーキュラーエコノミーの可能性」を中心に、イベントの様子をお伝えし、新たな刑務所のあり方を模索していきたい。
地域を巻き込んだ刑務所の協働事例
日本各地には、刑務所を含めた多くの刑事施設が存在する。そのなかに、民間事業者がアイデアやノウハウを活用しつつ、国と協力して刑務所運営を行う社会復帰促進センター(PFI刑務所)があり、受刑者たちの更生や再犯防止に向けて多様な取り組みが行われている。
今回のイベントでは、山口県の「美祢社会復帰促進センター」と島根県の「島根あさひ社会復帰促進センター」で行われている地域との協働事例が紹介された。
山口県美祢(みね)市の地域の特産品・広告制作プロジェクト
山口県美祢市にある「美祢社会復帰促進センター」では、2018年より、受刑者の人たちに商品のオンライン販売の方法を教えるプロジェクトが行われている。これは、ヤフー株式会社、法務省、小学館集英社プロダクション、美祢市の4者による協働プロジェクトで、パソコン教室のようにただノウハウを教えるものではなく、美祢市にある道の駅「おふく」の販売者にヤフーショッピングに出店してもらうことで、地域の人たちと連携しながら行うプロジェクトだという。
そのプロセスのなかで、おふくの販売者たちは、道の駅で販売する商品を受刑者たちに渡し、受刑者たちがその商品のストアサイトを製作する。販売者や地域の人たち、そして同じプロジェクトに取り組む受刑者たち同士が、コミュニケーションをとりながら作業を行うのだ。単独で作業するのではなく、一人ひとりがやりたいことを自ら決め、個々の力を発揮できるよう、地域と繋がりながら進められているプロジェクトなのだという。
同プロジェクトに携わる、ヤフーCSR推進室の大野憲司さんは、「地域の連携という意味では、テクノロジー、インターネットの力だけでは成り立たない。実物を動かしていくこと、地域の個別の課題を解決するための組み立てをコラボレーションしてやっていくことが大切だと感じている」と話す。
また、美祢市で受刑者の方たちの広告制作プロジェクトに携わる株式会社セイタロウデザインの山崎晴太郎さんは、技能習得だけではなく、「伝える力」「デザインしていく力」など、本当に価値があることを見つける力の重要性を語った。
「私は、現時点で世の中に出ていない(有名になっていない)地域のモノを受刑者の方々の力で名産品にしていくプロジェクトに携わっています。つまり、まちの中の“一番価値がある部分”を世に発信していくというプロジェクト。そのなかで、受刑者の人たちは地域の文化や魅力を知る必要があるので、地元の人たちに話を聴くということも行うんです」
「このプロジェクトに携わった受刑者の人たちが、出所後に自分が作った広告を見るために道の駅に行ったとします。そうすると、道の駅の人は『今まではこんなことできなかったけど、すごいポスターができたよ。ありがとう』といった言葉を言う。この『ありがとう』が何よりも価値があると思っていて……。こうした体験を増やしていくことで、地域と受刑者のコミュニティハブとして機能する場所がつくれると思うんです」
また、2017年に閉庁した旧奈良監獄のプロジェクトに携わっていた山崎さんは、こんなことも言っていた。
「旧奈良監獄には、かつて若草理容室という理容室が併設されていました。そこでは、訓練を受け、国家資格を取得した受刑者が、500円で地域の方の髪を切っており、地域の方にとって大事な場所になっていました。こういう関係性をすべてにデザインすればいいと思ったんです。……一人の受刑者と一人の地域の人の関係性を強固なものにしていく。これをどんどん渦を巻くように地域に拡散していけないかな、と思いながら活動しています」
島根あさひでの地域連携プログラム
島根県の浜田市中山間部にある、島根あさひ社会復帰促進センターは、人口3,000名の町に2,000人を収容する刑務所として2008年に誕生。開所当初から、地元の人たちの多くが「受刑者たちの更生に携わりたい」という想いを持っていたそうで、「官民協働の運営」「人材の再生」「地域との共生」という3つの基本方針とともに、地域の人と連携した様々なプログラムが提供されてきた。
たとえば、訓練生と地域の人たちが手紙のやりとりを行う「文通プログラム」や地域の人と受刑者が3人ずつ直接フリートークを行う「コミュニティサークル」、地域の伝統文化である石見神楽の小道具を地域の方と一緒に作る「交流イベント」が行われてきたほか、受刑者がパンをつくり、地域の小学校・中学校の給食に提供する、といった活動も行われてきたという。
さらに、お茶、桑、野菜の栽培、梨園などの第一次産業や、地元の伝統産業である和紙の材料である楮(こうぞ)を植えるなど、農作業に従事したり、地元産のお米を使ったお食い初めなどに使われる木箱を開発したりと、地域の産業振興につながる取り組みも市や大学と連携して行われているそう。
こうしたプロジェクトに参加したまちの人たちからは「『受刑者』という概念に対する印象が変わった」という声があり、また受刑者の人たちからは「社会に受け入れられていく体感を得られる」という感想があったという。
プロジェクトに長年携わるSSJ株式会社の植木努さんは、「こうした様々な体験が訓練生の再犯防止のプログラムにつなげられるのではないか、体験だけでは消化できなくても専門家が介在することで、自分に活かせる体験に昇華させることができるのではないか」と話していた。
サーキュラーエコノミーと刑務所
このように、刑務所と民間、地域、行政……様々なアクターが協働した多種多様なプロジェクトがこれまで行われてきた。そんななか、今世界では、「循環型社会」の実現が目指されており、そうした社会の実現に向けて刑務所での取り組みの可能性が模索されている。
本イベントでは、「サーキュラーエコノミー(循環経済)」という視点から、未来の刑務所のあり方について考えるプログラムが用意された。イギリスのリユース・リサイクル企業「Recycling Lives社」の取り組み紹介、日本のサーキュラーエコノミー実践者によるトークセッションを通して、新たな刑務所の形を考えていく。
イギリス・Recycling Lives社
イギリスのRecycling Lives社は、地域で廃棄された車、コンピューター、テレビなどを修理し、市場に還元するリユース・リサイクル企業だ。リペアを通して循環型社会の実現に貢献するだけでなく、イングランド北西部の7つの刑務所で受刑者への就労支援を行っており、社会に受け入れられにくい受刑者に廃棄商品の修理のスキルを教えることで、「地域貢献」「循環型経済の実現」「再犯防止」の3つにアプローチしている。
Recycling Lives社のプログラムでは、これまで250人の受刑者が、テレビやパソコンなどおよそ10万台をリサイクルし、出所後の再犯率が60%と言われる英国で、高い再犯防止率も達成されてきた。そうした再犯防止が重要でありながら、「人が変わることも大切だ」と、受刑者のリハビリテーションプログラムの開発、運営に携わってきたAlasdair Jackson(アラスデア・ジャクソン)氏は強調する。
「プログラムに参加した受刑者の一人のジェフは、『僕はやり直しのチャンスが欲しいのではなくて、自分の持っているスキルをいい方向に役立てる公正な機会が欲しいんだ』と言いました。ジェフの言葉が示すように、私たちは受刑者のことを何のスキルもないとみなして簡単な仕事からも排除するようなことはあってはならないと思います。刑務所にいる受刑者にも立派な知識や技能があります。もしその知識や技能を活かすことができれば、大きなアドバンテージとなってそのスキルを伸ばすことができます」
実際にプログラムを通してスキルを身に着け、現在は同プログラムのマネージャーになったジェフ氏の事例を引用し、「人々の自信や自尊感情を高めることが大切」だと語ったジャクソン氏。「受刑者たちが自分の人生を変える」ことが大事だという言葉を残すとともに、「人を助けることで成長でき、成長できることで人を助けられる」と、ビジネスと刑務所の協働の可能性を強調した。
刑務所とサーキュラーエコノミー協働の未来
この「修理」を中心としたイギリスの取り組み事例とは異なる刑務所のあり方として新たな視点を提供するのは、サーキュラーエコノミー研究家の安居昭博さん、コンポストアドバイザーの鴨志田純さんだ。2020年から熊本県の黒川温泉で、コンポストを通じたコミュニティづくりを行ってきた二人は、「サーキュラーエコノミー」と「コンポスト」の専門家としての立場から、取り組みの可能性について話す。
まずは、鴨志田さんからいま取り組んでいるコンポストプロジェクトについてお話があった。
鴨志田さん「このプロジェクトでは、黒川温泉の7件の旅館から出てくる食品残渣を一か所に集約し、地域の悩みになっている落ち葉、牛糞、もみ殻などを技術によってコンポストという価値に転換しています。最終的に農産物に使っていくことで、黒川温泉一帯でおもてなしをするときの食材として還元し、残渣が出たらまたそれを堆肥にして円を描いています。そうやって地産地消、地循、そして地益の流れが起きています」
「面白いのは、人間関係の発酵が起きてくること。水の波紋のように人間関係が広がっていくんです。堆肥作りは材料を集める必要があり、人間関係をしっかり作っていかないと材料が集めづらいのです。それをどんどんつないで人と人が寄り添うことによって、新たなイノベーションが生まれていきます」
安居さん「サーキュラーエコノミーは、良い意味で他の人に頼らないとできません。まず、ありのままの現状を受けるところから始まります。廃棄物が飲食店から出たとき、これまでは恥の文化もあってか、廃棄物が出ていることを公表しようとするところは少なかったです。しかし、今はむしろ、他の企業さんなど誰かに共有した時に、新しいビジネスモデルが生まれることがあります」
「たとえば、漁業組合から出ている貝殻というごみが、社会に出て共有されたときに、建築分野の方から漆喰の材料に使いたいと問い合わせがあったり、化粧品メーカーから化粧品の材料にしたいという声が上がったり。観光業では悩みのタネになってしまっている生ごみは、農業の分野で完熟堆肥と掛け合わさったときに資源として活用されていきます。その場合、これまでになかった形で人手が必要になることがあります」
さらに、買い替え需要が促進され、分断が生み出されてきたこれまでの経済モデルとは違い、「つながりを生む」というサーキュラーエコノミーの性質からも刑務所との協働の可能性があると言及する。
安居さん「サーキュラーエコノミーで目指しているのは、分断ではなく、何かをシェアすること。みんなで一つのテレビを見たり、みんなでこたつを囲んでご飯を食べたり。……経済合理性だけが指標ではないため、これまで分断されやすかった人とのつながりが新しく生まれることがあります。それはまた、受刑者の方とそのほかの人々との間にある溝を結びつける役割も果たすと思います」
そんな「つながり」を生む手段としてコンポストを活用した地域循環の可能性にも触れる。
安居さん「たとえば、刑務所でコンポストして、出来上がった堆肥を地域の農家さんに使ってもらい、育った野菜は地域の飲食店に買い取ってもらう。そして、飲食店で出た生ごみを再び刑務所の堆肥場を使ってさらに堆肥にする、そんな地域循環が起こせると思います。地域と連携することによって、自然と質の高いコンポストの仕組みづくりができ、巡り巡って、これまでになかった社会との結びつきができるかもしれません」
「また、『人材のサーキュラー(人材の循環)』も重要な点だと思います。社会の中で活躍したいマイノリティと言われる人が、活躍の場と結びつかないという状況がこれまでありました。ですが、モノだけでなく、人も貴重な資源として捉えたとき、活躍の場がないことは社会のどの側面から見てももったいないこと。ですから、社会で活躍したい人のスキルや関心事、そして人手が足りていない分野とのマッチングなどが円滑に進められていくことは大切ではないでしょうか。ヨーロッパでも重要視されていますし、特に労働人口が減少している日本においては大事なことだと感じています」
人々をつなぐ、新たな刑務所に
イベントでは、刑務所との協働のあり方を考えるワークショップが開かれ、グループに分かれて「未来の理想の刑務所像」が話し合われた。
たとえば、同じ空気の中に色々な人がいるような開かれたコミュニティになれば……という想いから出てきたのが、刑務所を「開かれた美術館」にするというアイデア。また、出所後に社会に受け入れられやすい環境をつくろうと生まれたのが、アバターを通じて刑務所を出る前から外にいる地域の人たちと触れ合える「バーチャルな緩衝帯」をつくるアイデア。ほかにも、多様なバックグラウンドを持つ参加者たちによって、これまでの刑務所観に縛られない、ユニークな提案が行われた。
そして、なかには罪を犯すに至った背景や生まれ育った環境は変えられないが、これから先の生きていく環境は変えられる、という考えから、「これからどう生きるか」に注目したグループもあり、これまでとは違った受刑者の反省の仕方を検討したり、受刑者以外の人たちの固定観念にもアプローチして地域とのつながりをつくったり……これまで「当たり前」とされてきたことを問い直してはどうか、といった声もあがっていた。
社会との接合・矯正の場という役割を持つ刑務所の「曖昧さ」が認められてないこと、「受刑者の人たち=“壁の向こう側の人”」で終始してしまっていること、それから事業として自転させていく難しさや、被害者と加害者の両方の視点のバランスを取りながら取り組んでいく難しさ……様々なアイデアが出た一方で浮き彫りになった刑務所が抱える課題にも向き合いつつ、新たな刑務所のあり方を模索することが今、求められている。
編集後記
「刑務所に入りたくて入った人は少ない。入ってくる前に止められるような社会の仕組み、本人が駆け込める場所があったら」イベント中にヤフーの大野さんがおっしゃっていたこの言葉が強く印象に残っている。
罪を犯し、誰かを傷つけることはあってはならないことだ。だが、その状況はもしかすると防げたのかもしれない。罪を犯してしまう前にふと立ち止まれる「駆け込み寺」があれば、悲しむ人の数は少しだけ減るのではないだろうか。
ワークショップを通して様々なアイデアが出たように、多様な人々が創造性を働かせ、協働していくこと。それが、すべての人の持つ力が発揮される「誰も取り残されない」社会にほんの少しだけでも近づくのかもしれない。人、社会、地球全体の未来が明るくなっていくように──。一人ひとりの創造力がいま求められている。
【参照サイト】美祢社会復帰促進センター
【参照サイト】島根あさひ社会復帰促進センター
【参照サイト】NHK 刑務所まるで介護施設に
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※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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