量り売りを“再発明”する。京都のゼロウェイストスーパーを支えるテクノロジー
4〜50年前の日本では、味噌も醤油も酒も、すべて「量り売り」という販売形態で売られていた。自宅から容器を持参し、必要なものを必要な分だけ買うスタイルだ。過剰に買わないことで、食品ロスやパッケージごみも減らすことができる利点がある。
しかし量り売りは、利用側と販売側、双方にとって「面倒なもの」だと思われてきたが故に、現代の日本ではあまり見かけることは少ない。私たちは今、スーパーマーケットに陳列されているパッケージされた商品をカゴに入れるだけの、便利な生活にあまりにも慣れてしまっている。
そんな中、そうした日本で浸透している「量り売り=面倒」というイメージを塗り替えようと、時代にあった量り売りのテクノロジー開発に取り組んでいるのが「株式会社寺岡精工(てらおかせいこう)」だ。寺岡精工はこれまで、「新しい技術で量り売りを“再発明”する」というミッションのもと、欧米向け量り売りテクノロジーで世界最先端を走ってきた。現在は流通業界向けのSA(Store Automation)総合企業としてPOS事業を展開したり、スーパーなど流通業界向けだけでなく、外食産業へもさまざまなソリューションを提供したりしている。
その寺岡精工が、量り売りの技術面で全面協力しているのが、今年7月に京都市上京区にオープンした、日本初のごみを出さないゼロウェイストスーパー「斗々屋(ととや)京都本店」だ。
「もし僕たちが斗々屋さんと出会わなければ、この最先端の技術を日本市場に導入することはできなかったと思います。」
今回は、日本の量り売り市場での技術導入に関してそう話す代表取締役会長の寺岡和治(てらおか かずはる)さんに、「斗々屋」との協業のきっかけや、日本におけるこれからの量り売りの可能性についてお話を伺った。
量り売りの普及はテクノロジーだけでは実現できない
1925年に創業した寺岡精工は、世界初となる「自動バネ秤」から始まった会社だ。創業以来、常に先進技術を追求し、1965年には世界に先駆けて「デジタル電子秤」を発表。商品を秤にのせると同時に料金が計算され、デジタルで表示する画期的な料金秤だった。
そんなふうに、時代が変わっても技術革新をドライバーとして成長してきた寺岡精工。しかし、日本では1960年代後半の流通革命により次第に量り売りの販売形態は衰退。これまで同社にとって量り売りは、「欧米向けソリューション」という位置付けで展開していた。寺岡さんは、そうして欧州で培った量り売りの技術をどこかのタイミングで日本市場に導入することはできないかと考えていたという。しかし日本での進出は、そううまくはいかなかった。
「量り売りはヨーロッパでも評判が良かったので、日本で出すことを迷っていました。いくつかの国内の小売店さんとも、これまで何度もトライしていて、試すところまでは行くのですが、実際にやってみるとお客さんにとって手間で、どうしてもパッケージされた商品を選んでしまうんですよね。量り売りの普及は、テクノロジーだけでは実現できないのだと気づいたんです。」
量り売りの普及にはテクノロジーだけでなく、食品生産者とのコラボレーションや、社会を変えたいという信念と発信力、店舗運営ノウハウなどが必要不可欠だと、寺岡さんは話す。そうして日本での導入を躊躇っていた2020年の2月、偶然見つけた朝日小学生新聞の記事が、寺岡さんの心を動かした。
「新聞では量り売り特集が掲載されていて、その中で『斗々屋』さんが紹介されていました。今の時代に受け入れられる量り売りを模索しているという想いが綴られていて、それを見て当時代々木公園にあった量り売りのお店に飛び込んだんです。」
「そこにいた若いスタッフさんがものすごく熱心で、量り売りの意義や、量り売りによってどう社会が変わるのかを僕に一生懸命説明してくれたんです。僕は秤メーカーなので、もちろん量り売りの素晴らしさに関してはよく知っているつもりでしたが、もうレベルが違う。『君たち、宣教師だね』と、言ったほどです。斗々屋さんと一緒にやれば、日本でもこの量り売りのムーブメントを起こすことができるのではないか。そう思いました。」
そうして寺岡精工と斗々屋の協業が始まり、斗々屋の技術面を寺岡精工が全面サポートするかたちで、新店舗を京都にオープンさせた。
欧州で最先端を走る量り売りシステムを日本に
ここでは、斗々屋京都本店に導入されている寺岡精工による量り売りテクノロジーを紹介する。
RFIDラベル
斗々屋で徹底しているのが、自分の容器は自分で用意するという「Bring Your Own Container」というスタイルだ。しかし、このスタイルではお客さんがさまざまな容器を持ってくるため、重さはまちまち。容器の重さの分は、代金を引く必要があるため、それぞれ会計時に容器の重さを量る手間が発生する。
こうした課題を解決するのが、寺岡精工の「RFIDタグ」だ。容器にRFIDラベルを貼り付けると、ラベルに記録された容器の重量データが自動的に検知される。容器の中に入れた商品の重量が表示されるので、一度RFIDラベルを貼り付ければ、もう容器の重量を量る必要がなくなる。これによって、来店から退店までの流れをスピーディーでストレスフリーにしているのだ。
しかし、容器を忘れてしまった人や、持っていくことができなかった人に対してはどのように対応しているのか。
「持ってこない人はお店を利用できませんと言ってしまったら、困ってしまいますよね。そこでお店で容器の貸し出しを行っているのですが、貸し出した容器を捨てられてしまったらごみになってしまう。」
斗々屋では、預かり金方式のリターナブル容器を用意しており、預かり金を商品と一緒に支払うことで、容器をレンタルすることができる。デポジット制度が、お客さんの繰り返しの購買につながっている。
モーションセンサー『e.Sense』でスピーディーに
量り売りの販売形態でもうひとつ問題になるのが、商品選択時のミスによる金額のロスだ。
「たとえば、量り売りの会計時には、多くの商品の中から自分が買った商品のボタンを探し、押さなければいけません。ピスタチオは100グラムあたり2,000円、隣の筒に入っているピーナッツは100グラムあたり200円。お客さんがもし、ピスタチオを買ったのに隣のピーナッツのボタンを押してしまえば、10分の1の価格でピスタチオを買えてしまうんですよね。間違えてやってしまう人もいれば、意図してやっている人もいる。それがお店にとって、問題だったんです。」
この課題を解決するためにヨーロッパで成功したのが、商品を特定するモーションセンサー『e.Sense』というテクノロジーだ。500円硬貨大のe.Senseを什器に貼り付ける。お客さんは、商品を購入するためには、レバーを引く必要がある。そうした商品購入に必要な動作をするとモーションセンサーが反応し、無線で秤に商品コードを飛ばすことで、自動的に購入した商品を特定することができるのだ。
テクノロジーが生み出す新たな挑戦「三毛作」
寺岡精工のさまざまな量り売りテクノロジーにより、負担や手間が減ったのはお客さんだけではない。量り売りのお店スタッフも、お会計などの手間が大きく減り、新しいことに挑戦できるようになったという。
「僕は、斗々屋の心意気に本当にびっくりしました。プレスカンファレンスで『斗々屋では食品ロスをゼロにします』と、宣言した。そのためのソリューションとして斗々屋に併設されているのが、レストランなんです。」
これまでの量り売りは、ドライフルーツやナッツなどの乾き物だけを扱っているところが多かった。なぜなら、それらの商品は賞味期限が長く、食品ロスが発生しにくいからだ。しかし今回、斗々屋では生鮮食品や日配品まで扱っている。それができる理由は、この店舗併設レストランにある。
「斗々屋に併設されているレストランには、決まったメニューがありません。お店の生鮮食品や日配品は、鮮度が落ちる前にこのレストランで、お惣菜やディナーのお料理に変身させるんです。」
スーパーマーケットで売って賞味期限が近づいたらレストランの食材として使用し、それでも残る食材があった場合、斗々屋ではそれらを真空の瓶詰め加工にして、保存食としている。こうした一連の流れを寺岡さんは「三毛作」と呼ぶ。これができるのも、寺岡精工のテクノロジーが、人がやるべき仕事を減らしたからなのだ。
量り売りの浸透に必要なのは、ロジスティクス領域の変革
「量り売りが1店舗で終わってしまったら何の意味もない。これを100店舗、1,000店舗と、システム化しながら増やしていく必要があります。量り売りの商品が、パッケージされている商品とほぼ同じ手間で買えるまで普及させなければいけないのです。」
斗々屋だけでなく、最近ではナチュラルローソンにも寺岡精工の「セルフ量り売りスケール」を設置し、洗剤やナッツの量り売りの実験を都内10店舗で実施している。国内での展開は、まさにこれからだ。一方で、欧州の量り売りテクノロジーで最先端を走る寺岡精工だからこそ、既に見えてきている次の課題があるという。
「ヨーロッパもさらに工夫しないと、これ以上に量り売りを広げたときにお店のオペレーションが回らないという課題が出てきています。」
「たとえば量り売りの場合は、小売店での商品搬入の際に、大きな袋に入ってバルク商品が送られてくる。個包装であればそれを商品棚に並べるだけですが、量り売りの場合はそれをお店でディスペンサーに入れ替える必要があります。しかも、何度かに1回は洗浄し、筒の中に入っている商品も常に補充する必要がある。仕入れも、今のような個数単位ではなくてキロ単位で会計ができる仕組みの構築も必要です。こうした管理の課題は、お店側にしてみればものすごく大きな負担なんです。」
今必要なのは、「ロジスティクス領域の変革」であると、寺岡さんは言う。
「生産者側は、大量生産大量販売に慣れてしまっているため、今は生産ラインもすべてパッケージがあること前提で組み立てられています。果物や野菜も小分けして、サイズで区分けする自動ラインから始まり、パッケージをしてダンボールに詰めて納品するという仕組み。そうした中で、それ以外にバラで送ってもらうことを頼んでも、なかなかできるところは少ない。僕たちがやらなければならないのは、それらにフォーカスした、また新たな革新的なソリューションを生み出すこと。そうしないと、普及していきません。」
斗々屋では、京都周辺にある豆腐屋や、ありとあらゆる食品をつくっている中小の生産者を回り、輸送の方法からひとつひとつ一緒に改善しているという。
未来を予測する最善の方法は、自らそれを発明すること
寺岡精工では昔から、エコノミカル(Economical)とエコロジカル(Ecological)の2つの「E」を両立させる「E2レボリューション」という考え方が社内で浸透しているという。
「環境に配慮するといって、事業に関連のないことをやってもしょうがない。僕たちは、自社のビジネスに組み込んで環境問題を解決する考え方を、昔から大切にしています。環境に良いだけではまだまだ世の中に普及しないので、それが経済的にも成り立つ必要がある。」
たとえば秤以外にも、スーパーの肉や魚に貼ってあるラベル。通常であればラベルの台紙はごみになってしまうが、寺岡精工が台紙がないラベル「ライナーレス」を発明し、今では世界的にそれが標準になりつつある。そのほかにも、廃棄物の計量管理システムや、最近ではよくスーパーマーケットで見かける飲み終わった空きペットボトルの容器店頭回収マシンも、同社が発明したものだ。
「寺岡精工は、デジタルトランスフォーメーション(DX)で生まれた会社なんです。」と、寺岡さんは話す。
「DXとは、デジタルによって、人々の生活をより良い方向に変化させる変革のことですが、96年前の創業時では機械の技術が今のデジタル技術のような変革のドライバーだったんです。そんな中、針で目方を指す自動秤を開発して秤マーケットを変えたのが、寺岡精工です。僕が社長になったのは40年近く前ですが、そのときに“新しい常識を創造する”という経営理念をつくりました。要するに、あたりまえを壊して新しい常識をつくる。そして自分がつくった常識をまた壊す。それを繰り返しているわけです。」
そんな寺岡精工が大切にする言葉に、こんな言葉がある。
The best way to predict the future is to invent it.
(未来を予測する最善の方法は、自らそれを発明することだ。)
Peter Drucker
常に時代に沿ったソリューションを生み出し、それを世界標準にしてきた寺岡精工。パートナー斗々屋とタッグを組んだ今、同社の量り売りテクノロジーが日本市場に浸透していく日も、そう遠くはないのかもしれない。
【参照サイト】 株式会社寺岡精工
【参照サイト】 株式会社斗々屋
※本記事は、ハーチ株式会社が運営するIDEAS FOR GOODからの転載記事です。
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