サステナビリティに貢献しない製品は開発しない。進化しつづける3Mの「Science for Circular」
私たちの日常に溶け込んでいる3Mの製品。3Mと聞くと、ポスト・イット® ノートやスコッチ®︎ブランドといった日用品をまず思い浮かべるだろう。しかし実は、ポスト・イット® ノートやスコッチ®︎ブランドなどの日用品を扱うコンシューマー領域の売上高は3M全体の売上のうち約20%に過ぎない。その他の約80%は、ヘルスケア、セーフティ&インダストリアル、トランスポーテーション&エレクトロニクスの3つの事業領域が占める。
そんな3Mは約200カ国以上にビジネスを展開。売上高は322億ドルを誇る、言わずと知れたグローバル企業だ。社員数は約93,000名、製品数は約55,000点以上。日本法人であるスリーエム ジャパンは創業して約60年。この3Mジャパングループは外資系企業ではあるが、国内にも研究開発拠点や製造拠点がある。
「ビジネスに役立つ」と考えられることであれば、社員に与えられたテーマとは別に勤務時間の15%を関心ごとの研究に充てることのできる「15%カルチャー」などの先進的な企業文化をいち早く発展させてきたことはよく知られている。しかし、同社は古くからサステナビリティを事業の本丸としてきたことは広くは認識されていないかもしれない。それもそのはずで、同社はサステナビリティへの取り組みをマーケティング戦略としてそこまであえて前面に出していないのだ。
今回、Circular Economy Hub 編集部では、3Mに根付くサステナビリティでも特にサーキュラーエコノミーに関する活動について伺うべく、スリーエム ジャパン株式会社コーポレートサステナビリティ担当部長 兼 相模原事業所副事業所長の永野 靖彦(ながの やすひこ)さん(冒頭写真)を取材した。
3Mのサステナビリティの変遷。3つの主要な取り組みとは?
まずは同社のサステナビリティへのこれまでの取り組みを見ていこう。3つの主な活動について伺った。
1. 3P (Pollution Prevention Pays)
同社が取り組んできた活動としてまず挙げておかなければならないのは、1975年以来続くPollution Prevention Pays (3P)だ。Pollution Prevention Paysとは、汚染の発生源を排除する活動のことを指す。これまでに200万トン以上の汚染を発生源で防いだという。永野さんは、「1975年当時、日本では公害や都市型汚染がますます深刻になっていた時期で、排出された後の汚染の『対処法』に注目が集まっていたのですが、汚染の『発生源』を排除する取り組みはその当時としては画期的だったのではないかと弊社全体で自負をしています」と話す。汚染の発生源にアプローチをすることで環境インパクト低減はさることながら、経済効果も計り知れない。3Pにより、この46年間で累計15億ドルものコスト削減に繋がったという。
2. LCM(ライフサイクルマネジメント)
3Pと合わせて注目したいのが1997年から実施している LCM(ライフサイクルマネジメント)。
LCMとは、まず下図のように、研究開発から廃棄までの全製品ライフサイクルにおいて、「環境」「エネルギー・資源」「健康」「安全」「規制」の5つの領域に分類、各領域で同社のサステナビリティに関する基準に適合しているかどうかを確認する手法を指す。例えば、原料の組成、健康や環境への毒性に対する評価、安全性などにおいて基準値を超えていないかなどが検証される。基準や条件を満たしたもの製品開発されていく。
ライフサイクルマネジメントのフレームワーク図(提供:スリーエムジャパン)
ライフサイクルマネジメント(提供:スリーエムジャパン)
ゴーサインが出された製品の研究開発でも、開発が進み生産がスケール化するにつれて、条件や要件、状況などが変わることがある。その度に、次のフェーズに進む前にLCMを実施する。その後製品を市場に出す前に、廃棄フェーズも加味したLCMを再び行うという。何重もの網をくぐり抜けた製品のみが上市するという仕組みだ。製品によっては他社と共同開発することや、企業買収の際に買収先がもともとが保有していた製品もあるが、すべてこのLCMを経なければならないという。同社は、2006年には全世界の全製品にLCMを適用している。
3. 自社または顧客の温室効果ガス排出削減
同社は、過去20年間で70%近く温室効果ガス排出を削減してきたと同時に、製造拠点の35%で廃棄物ゼロを達成。気候変動対策への取り組みとサーキュラーエコノミーへの移行が一体となって進められている。
上記実績は3M社内での取り組みに限ったことであり、3Mの製品を通じた顧客の温室効果ガス排出削減も別途評価がされている。
3Mのバリューモデル
3Mは冒頭述べた「15%カルチャー」などの不文律が多いことでも知られているが、そのようななかでも明文化されているのが同社の事業活動の羅針盤となる「バリューモデル」だ。バリューモデルは、「ビジョン」「強み」「重点項目」「バリュー」で構成されており、そのうちの「バリュー」では「サステナビリティ」が重要な概念として位置づけられている。同社サステナビリティレポートにはこう書かれている。「3Mのバリューモデルでは、サステナビリティに強力に集中することが不可欠です。サステナビリティは当社のイノベーションの要です」
3つのサイエンス
科学を事業領域とする同社は、3つの「サイエンス」で社会に貢献する戦略的サステナビリティフレームワークを2018年に策定。3つのサイエンスとは、「Science for Circular(サイエンスで循環型経済に貢献)」「Science for Climate(サイエンスで気候変動の課題を解決)」「Science for Community(サイエンスでコミュニティに貢献)」だ。サイエンスによって、環境・経済・社会の全てにアプローチする概念とも捉えられる。51のテクノロジープラットフォームを組み合わせながらこれらの3つのアプローチを進める。ここでは、3つのうち、Science for Circular(サイエンスで循環型経済に貢献)に絞り、そのうちの3つの主要な活動を伺った。
1. SVC:サステナビリティ・バリュー・コミットメント
サステナビリティ・バリュー・コミットメント(SVC)とは、新しく開発する製品はどんなサステナビリティに関する社会的大義を持つのかということについて宣言・表示する取り組みだ。SVCは先述のLCMを発展させた形で、2019年に開始。言い方を変えると、サステナビリティに関する社会的大義を宣言できなければ新製品開発を行わないということになる。先述のLCMでは、社会的大義の宣言までは求めていなかったが、まさに事業活動とサステナビリティをより統合するような動きとして進化させた。
3Mでは、毎年数百品目以上の製品が発売されるが、その全てにサステナビリティが SVCをもとに考慮されて製造されなければならない。
下記は、SVCの具体的な検討項目だ。
原材料
毒性を含まない製品かどうかは最低限の判断軸となる。加えて、昨今話題となっている化学物質のPFAS(パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)やPVC(ポリ塩化ビニル)など、国によって規制の有無があるようなセンシティブな製品の取り扱いに関する規定や、再生可能原料・リサイクル可能性についても判断材料となる。
製造工程
エネルギー・廃棄物・水削減量に関する規定。
顧客の利用に際し、性能や機能にサステナビリティ効果があるかどうか。再利用できるかどうか。廃棄に際し、ライフサイクル全体でサステナビリティに対して優れた製品かどうか。
このように製品開発前からSVCを適用することで、製品のサステナビリティを自動的に担保している。
2. 削減
廃棄物や製品に使われる原材料の削減は、同社でも主要なテーマとなっている。
廃棄物の削減
2020年までに廃棄物を原単位で10%削減(基準年:2015年)というスリーエム ジャパングループの目標に対し、2019年には46%減を達成した。成果を上げている理由を永野さんはこう解説する。「日本では、歴史的に国内市場のために製造が行われることがほとんどで、多品種少量で顧客に提供することが多いのです。当然、多品種少量生産は効率が悪くなります。そのため、製造工程や段取りの効率化がポイントになります。また、リサイクルには原材料・工程内でのリサイクル、モノとエネルギー双方のリサイクルがあり、すべてにおいて取り組みが進められています。この点における改善で成果を上げたことが大きいといえるでしょう」
プラスチック削減
プラスチック削減は多くの企業でも中心的課題ではあるが、3Mも同様だ。3Mは、2025年までに5,670万kg(エッフェル塔の5倍以上の重量)を削減するグローバル目標を掲げる。
例えば、「ポスト・イット®︎ノート 再生紙シリーズ まるごと再生紙キューブ」。紙自体に再生紙を使ってきたが、パッケージにも100%再生紙を使う。その他にも、「スコッチ・ブライト™、 バスシャイン™」シリーズのハンディスポンジロングの不織布に再生プラを導入するなど、各製品の特性によりバージンプラ削減余地がないか、紙などの生物資源に置き換えられるかどうかが常に模索されるという。
すべて再生紙で製造された「ポスト・イット®︎ ノート 再生紙まるごと再生紙キューブ」(写真:3Mジャパン提供)
水使用の削減
水の使用量を2030年までに2020年比で25%削減するグローバル目標を掲げる。また、利用後の水質を使う前と同等水準に戻す水質改善の取り組みを進めている。
3. 51のテクノロジープラットフォームから環境ソリューション製品を開発
環境ソリューション製品とは、いわば同社の顧客が環境負荷を減らすために役立つ製品だ。同社には、「材料」「プロセス」「機能」「デジタル」「アプリケーション」の5つの領域で51のテクノロジープラットフォームがある。これらを組み合わせて顧客の環境課題を解決する環境ソリューション製品を生み出す。
3Mテクノロジープラットフォーム (出典:スリーエム ジャパングループ、サステナビリティレポート)
例えば、車用などの遮熱フィルムには有色のものが多いが、同社は無色透明でかつ赤外線を90%以上カットできるフィルムを開発。このような環境に貢献する製品群を通じて、2020年だけでも顧客の1,660万トンの排出ガスを削減(360万台の車の排出量に相当)したという。
3M™スコッチティング™ ウインドウフィルム マルチレイヤーNANOシリーズ(写真:3Mジャパン提供)
「サステナビリティは当たり前」
上記が同社の今の主要なサステナビリティへの取り組みだが、社内でのサステナビリティへ取り組みにハードルはなかったのだろうか。
永野さんは、「サステナビリティの取り組みは、社員は当たり前というか気づかずに行動しています。実はそこまで社員への啓蒙に苦労したことはありません。事業活動はそういうものだろうという認識があります。」と言い切る。1970年代からサステナビリティに取り組む同社では、サステナビリティが当たり前、そして利益を上げる手段として事業活動と一体化されていることが社員に刷り込まれていることを示唆する言葉であろう。
サステナビリティ・サーキュラーエコノミーの視点では?
3Mの活動が私たちに示しているものは何であろうか。3つの視点で考察してみたい。
1. サステナビリティありきの製品開発
3PやLCM、これらを進化させたSVCなど、環境課題解決に貢献するような製品でなければ製品開発はしないという、「サステナビリティありきの製品開発」が同社のDNAとなっている。製品開発の各ライフサイクルで、何度もサステナビリティを担保できるかどうかを確認する関門を設けることで、製品開発や設計段階から循環性を担保する。多くの企業でもこのような仕組みは構築されているが、同社ではこの取り組みを約45年間にわたって積み上げてきた。さらに、「社会的大義」がない製品は開発しないという一貫したポリシーを貫いている。
2. 経済合理性を「コスト削減」と「環境ソリューション拡充」で担保
サステナビリティの世界では、環境と事業活動の統合の重要性が長年叫ばれていることではあるが、そう一筋縄ではいかない。同社では、サステナビリティへ取り組めば取り組むほどコスト削減や販売量増加という、利益を上げられる仕組みを構築し進化させてきた。これまで見てきたように、原材料削減等の「コスト削減」と顧客の環境課題を解決する「環境ソリューション」製品の拡充で経済合理性を担保する。
また、同社では、先述した3Pなどおいて、サステナビリティへの取り組みの成果は、環境面での改善だけではなく、結果的に経済的にどの程度利益を上げられたか(コスト削減できたか)も意識される。営利企業であるため当然なのかもしれないが、この仕組みをつくることで、自動的に事業活動に環境要素が統合されるようになるとともに、社員がサステナビリティに無意識に取り組みやすい素地ができる。
3. サステナビリティがバリュー
約40年以上続く、同社のサステナビリティの活動。社内では当たり前のように浸透しているようだ。「入社以来、3PプログラムやLCMは当たり前のこととして取り組んでいた」という永野さんの言葉はまさにこの点を象徴する。そのため、一部の製品が循環型あるいは環境貢献型ではなく、開発されるすべての製品がそうなっている。この点は、サステナビリティやサーキュラーエコノミーに会社全体を挙げて取り組むうえで、自社のミッションやコアバリューにサステナビリティを打ち出し浸透させることの重要性を物語っている。
同社は、コミュニケーション戦略においても、事業活動そのものが環境ソリューションになるため、サステナビリティをあえて前面に出さず、営業活動などの必要な場面で説明しているようだ。
サステナビリティやサーキュラーエコノミーの完成形は、その言葉自体がなくなることではないだろうか。つまり、意識せずとも全ての行動がサステナビリティに貢献するようになっているということである。同社では、最近の環境配慮要請の高まりを受けてサステナビリティという言葉を使っているものの、あえてサステナビリティという言葉を使わずとも、事業活動で自ずと体現しているといえるのではないだろうか。
編集後記
これまで見てきたように、3Mのサステナビリティへの取り組みの歴史は長い。同社はエレン・マッカーサー財団のCE100などのイニシアチブに加盟するなど、協働できる領域は他社とともにサーキュラーエコノミーへの移行を積極的に、そして粛々と進める。
同社の取り組みにおいて注目すべきものは、やはり他社に先駆けて発展させてきたLCMやSVCであろう。この仕組みがあることで自ずと製品が循環型になっていく。3Mの規模を考えれば、このようなサステナビリティに関する厳格なガイドラインは、同社のサステナビリティ価値を高めることに寄与するものとなる。
同社が歴史的に積み上げてきたサステナビリティに関する知見は、サーキュラーエコノミー移行において他社にも参考になることが多い。今後も強固な経営・サステナビリティ基盤をもとに、サーキュラーエコノミーへの移行を加速させていくに違いない。
【参考】3Mジャパングループ公式ホームページ
【参考】3M サステナビリティレポート
【参考】Life with 3M
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Circular Economy Hub」からの転載記事です。
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