道具も空間も、使った分だけ払う。ロンドンのデザイン文化をつくるコミュニティファクトリー「BLOQS」

道具も空間も、使った分だけ払う。ロンドンのデザイン文化をつくるコミュニティファクトリー「BLOQS」

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。

ロンドン中心地から車で約20分。エンフィールドという地区の「BLOQS(ブロックス)」に到着した。工場や倉庫などが多く、工業地帯の雰囲気を残すこの地区。イギリスのうんと郊外に来たようだ。周りには高い建物がなく、空が広く感じられる。すぐ隣には水路が流れ、そのそばをサイクリストやランナーが行き交っていた。

このBLOQSという建物は、イギリスで初めての従量課金制(使った分だけ払う)モデルを使った工場として、国内外から注目を集めているという。

このユニークなシステムはどのように生まれたのだろうか。また、BLOQSのチームがエンフィールドの地域で実現したいこととはどのようなことだろうか。本記事では、実際に現地を訪れた様子をレポートする。

BLOQSの成り立ち

BLOQSは「オープンアクセス工場」として2012年に設立され、リノベーションを経て2022年に現在の形での運営を始めた。この施設は、若者や駆け出しのビジネスが手工業のキャリアを追求できるよう、手頃なワークスペースを提供することを目的としてつくられたものだ。もともと車両検査施設として利用されていた建物は、多様な製造活動が行われる場所として生まれ変わった。

設立の背景には、ロンドンの土地価格の高騰がある。セントラルロンドンは、世界のカルチャー・クリエイティブの中心地でありながら、スタジオを一つ借りるにも、価格高騰のため多くの人は手が届かない状態になっている。そのように、ロンドンで製造業やクリエイティブな活動を気軽に行える場所が減少している中で、手頃な価格でアクセス可能な施設を提供し、地域社会の創造性と生産性を支援したい──そんな想いでBLOQSはつくられた。

また、BLOQSの建築設計には、環境デザインのアプローチが採用され、「最小限のコストで最大限の利用性」を目指している。自然光が豊富に取り入れられ、メンテナンスが容易な建材が使用されているのも特徴だ。

筆者撮影

料金形態としては、「pay as you go(従量課金制)」システムを採用している。これは、利用者が必要なときだけ施設を利用して料金を支払う方式だ。このモデルを通じて、BLOQSは作業場や機械を確保するのに発生する多くのリスクやコストを軽減し、利用者が自分の利益を追求しやすい環境を提供している。

施設内に入ってみると?

それでは、実際の中の様子を見ていきたい。エントランスから入ってまず見えるのはカフェだ。筆者が訪れた16時頃にはBLOQSの利用者と思しき人々が、お茶やビールを飲んでくつろいでいた。カフェが一番エントランスの近くにあるのが特徴で、BLOQSの関係者以外の地域の人々も訪れるという。

カフェの様子|筆者撮影

そして建物に入ると、受付と小さな売店がある。個人の道具が使えなくなったとしても、ここで調達できるようになっているのだ。価格は平均を上回らないように、手頃な範囲で設定されているという。

売店の様子|筆者撮影

そしてついにファクトリーの中に入っていく。ここには大規模な3Dプリンターや切断機、レーザープリンターなどが設置してある。入ってみて印象的だったのは、一つひとつの機械、そしてレンタルできるスペースが想像以上に大規模だったことだ。ロンドンの中心部でこの広々とした空間を確保することは不可能に近いだろう。

筆者撮影

機械を初めて扱うときは、もちろん安全面に注意しなければならない。BLOQSでは、スタッフが機械の使い方のレクチャーをしてくれるなど、「試しに使ってみたい」という人へのサポートも行う。

ファクトリーの奥には、使わなくなった資材を保管するスペースもあり、また別の人が必要になったときに使えるような仕組みになっている。その裏にはバイオマスのボイラーがあり、使わなくなった木材を燃やすことで工場内の空気を温めたり、温水を作り出したりしている。屋根には太陽光発電のソーラーが設置されており、晴れの日には電力需要の最大70%を生成でき、年間平均で約33%をカバーしているという。

木材を保管する場所|筆者撮影

ロンドンで誰もが「手作業」をすることに抵抗がなくなるように

冒頭でも述べた通り、BLOQSが建てられた背景には、ロンドンの地価の高騰がある。いまロンドン中心部の地価は軒並み高騰しており、ジェントリフィケーションが起きている地域も多く、若手のデザイナーや技術者が実際に手を動かせるスペースが少なくなってきた。BLOQSはそうした状況で、なるべく低価格でスペースや道具をレンタルすることで、手工業の裾野を広げているのだ。

施設を案内してもらっている間、芸大に通う学生と遭遇した。彼は、卒業制作のシーズンになると大学が混雑することから、あえてBLOQSを作業場として選び、ミシンなどを使ってファッションの制作を行っているのだという。

BLOQSにはコンテナオフィスも設置されており、企業が入居しているケースもある。「デザインする場所」と「手を動かす場所」が近いことから、プロトタイプをつくるときなどに便利なのだそうだ。

コンテナオフィスの様子|筆者撮影

このようにさまざまな理由から、異なる立場の人々が集まるBLOQSでは、頻繁に会話が生まれているという。中には会員同士がコラボして作品を生み出したこともあるそうだ。

工場をシェアするという新しい発想があらゆる負荷を軽減

また、工場をシェアするという発想が、環境負荷を小さく収めているという面も評価されており、イギリスの国外から企業がBLOQSに視察にくることもあるという。

作業をしていると、「頻繁に機械を使用するわけではないが、一度や二度使えると作業が効率化されて便利」という場面があるだろう。そうした大型機械のカジュアルな利用に、BLOQSはもってこいだ。さらに、最低限の機械の数を会員がシェアすることで、機械一台あたりの稼働が最大限になり、結果として電力や材料が節約できているという。

また、大きな作品を作ったときに、一時的に保管できる場所としてもBLOQSは重宝されている。工場の中には、2階建てバスを一台丸ごと格納できるほどのスペースが複数あった。それらは短期間のレンタルができるため、学生のプロジェクトであっても財布に優しい。

Bloqs
Image via BLOQS

ロンドンは「デザイン」における先駆的な街として語られることがあり、世界中からデザイナーやアーティストが集まる。しかし実際に手を動かす人々の現場を見てみると、「作業できる場所を確保する経済的余裕がない」「十分な広さの場所がそもそもない」などの悩みを抱えているのだ。それは、デザイナーや技術者個人に背負わせるにはあまりに大きな問題だろう。

BLOQSはそのユニークなシステムで、その問題を切り抜けようとしている。ゆくゆくはエンフィールドの周辺地域全体に「クラフト」「デザイン」の文化を根付かせていくのが目標だそうだ。作り手に敬意を払うBLOQSのような場所が、ロンドンのカルチャーシーンを変えていく日も近いかもしれない。

【参照サイト】BLOQS
【参照サイト】Inside the UK’s First Open-Access, Pay-As-You-Go Factory
【参照サイト】BLOQS is leading a revolution in manufacturing in London, refining a blueprint that will work for every city in the world
【参照サイト】Bloqs, Enfield
【関連記事】「→」一方通行を「◯」に。静岡・沼津の循環工場が提案する“めぐる”暮らし方

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