里山の叡智を世界につなげる。京都・京北のソーシャルデザインファーム「ROOTS」
京都市の中心部から車で北に約1時間。山道を超えた先に現れるのが、みどり豊かな京都の里山、「京北(けいほく)」だ。かつて平安京の時代から林業が栄え、都の建設に必要となる木材の供給源として京都の発展を支えてきた京北には、今ものどかな日本の里山の原風景が広がっている。
林業家、農家、ものづくり職人などが集まり、日本古来の伝統的な暮らしの知恵が根付くこの京北の地が、いま、日本だけではなく世界中のイノベーターやクリエイター、アーティストらから注目を浴びている。里山の暮らしを楽しみたい移住者だけではなく、イノベーションを起こしたい大企業や国内外の芸術系大学からの視察や学生の受入依頼が絶えないのだ。
その中心にいるのが、京北に拠点を構え、「里山の知恵を世界に繋ぐ」をコンセプトに活動を展開しているソーシャルデザインファーム、「ROOTS(ルーツ)」だ。京都からほど近い人口約4,500人の京北でいま、一体何が起こっているのだろうか?IDEAS FOR GOOD編集部では、ROOTSの共同創業者である曽緋蘭(ツェン・フェイラン)さん、中山慶さんのお二人にお話をお伺いしてきた。
曽 緋蘭(ROOTS Founder・Social Designer)
サンフランシスコで社会課題解決型のデザインプロジェクトに携わり、帰国後ヘルスケア事業の企画・戦略デザインを行う。現在は里山のコミュニティづくりや地域デザインを手がける。
中山 慶(ROOTS Founder・World Connector)
英語・中国語のガイド・通訳・講師。世界80か国以上を主に仕事で旅しながら、独学で学んだ7カ国語を操る、旅の編集者であり、異文化コミュニケーションのコーディネーター。
“Local Wisdom”(地域の知恵)を次代に編集する生態系
ROOTSでは、里山・京北に根付く自然と共生した伝統や技術、地域産業、暮らしの知恵を「Local Wisdom(地域の知恵)」と名付け、それらの知恵を持つ木こりや萱葺き職人、大工といった地域の達人たちを「Local Wisdom Meister」と呼んでいる。”Meister(マイスター)”とは、職人の最上位を表すドイツ語だ。
高齢化や現代的な暮らしの中で失われつつあるLocal Wisdomを、現在を生きるグローバルな人々と結びつけることで、世界や地域が抱える課題を解決する新たな知恵やイノベーション、次世代の人材を生み出していく。それがROOTSの役割だ。
例えば、海外の学生を受け入れるスタディツアー型のプログラムとしては、中国・北京大学の付属高校と地元の北桑田高校の高校生らが一緒に森に入り、木の枝打ちや皮はぎ体験をするグローバル人材交流プログラムや、香港理工大学のデザイン・エンジニアリング専攻の学生らと地元の木こり職人や製材職人、大工を結びつけ、台風の被害を受けた森の中から木を伐り出してツリーハウスを作る6泊7日のサステナブル・デザイン・プロジェクトなどを手がけてきた。
他にも、世界各地のマイスター同士をつなげるマイスター・コラボレーション・プログラムとして、日本の伝統建築を学びたいイタリアの職人を受け入れ、京北の職人とともに屋根の茅葺(かやぶき)体験を提供したり、フランス・ブルターニュ地方の漁師と海の京都・丹後の漁師をつなぐ企画を開催したりするなど、普段なかなか交流できない世界各地の職人同士がダイレクトにつながり、お互いのLocal Wisdomを共有・交換する機会なども生み出している。
中山さん「漁師同士の会話だと、How are you?(調子はどうだい?)ではなく、How are your octopus(タコの調子はどうだい?) といった挨拶になるのです(笑)。これまでは国と国、都市と都市、といったつながりだったのが、我々が企画するプログラムでは、自然と対峙しながら現場で取り組んでいる職人同士が直接つながってグローバルに成功例や課題を共有し、知恵を深めようとしています。」
“Sight Seeing” から”Life Seeking” へ
また、ROOTSでは”Sight Seeing(観光)”から”Life Seeking(生き方の追求)”をコンセプトに、京北に根付く土地の暮らしを味わう「コミュニティ・ツーリズム」をプライベートツアーとして提供しており、京北のサイクリングツアーやテイラーメイドのツアーづくりを行っている。
現在は、古民家をリノベーションした宿泊機能も備える「tehen(てへん)」「uma(うま)」「roku(ろく)」という3つの拠点を活用し、リトリートプログラムや企業のワーケーションツアー、循環経済やサステナビリティをテーマとするツアーなども展開している。普段は他地域に暮らしつつも関係人口として京北と関わり、Local Wisdomに触れながら新たな生き方や働き方、事業を模索したいイノベーターたちの隠れた拠点となっているのだ。
こうした活動がグローバルな里山コミュニティの目に留まり、中山さんはタイ・バンコクの郊外にあるバンカチャオという里山地域から相談を受け、2回ほどアドバイザーとして現地を訪れ、タイの職人とも交流を重ねた。
京北という里山の知恵を深く縦に掘っていくことで、香港やイタリア、タイなど世界中の様々な土地で同じように自然と向き合い、縦に掘っている人々と根っこ(ROOTS)でつながることができる。中山さんは、最近そのことを強く感じるようになったという。
“Cross the border, Connect with ROOTS”(境界を越え、根っこでつながる)
ローカルとグローバル、伝統と現代が交差する京北という場所で新たな生態系を編集しているフェイランさんと中山さんは、どのような経緯でこの地に辿り着き、出会い、「ROOTS」を立ち上げるに至ったのだろうか。その歩みを聞くと、いま京北がここまで注目される場所になった理由がよく分かる。
フェイランさんは台湾人の3世として日本で育ち、高校卒業後すぐにニュージーランドに渡り、その後、カナダを経てサンフランシスコに移り住んだ。
フェイランさん「ROOTSでは”Cross the border, Connect with ROOTS”というミッションを掲げているのですが、もともと私は根無し草というか、自分自身が何人(なにじん)か分からないというアイデンティティがずっとあって、そうした状況の中で色々な国に行って自分の居場所を探していたというのが人生の前半でした。その後、工業デザインという自分にぴったりの専攻を見つけ、ちょうどシリコンバレーが全盛期だったサンフランシスコで社会課題解決型のデザイン思考を学び、そのままインダストリアルデザインの世界にのめり込んでいきました。」
サンフランシスコでデザインを学んだフェイランさんは、帰国後はオムロンに就職し、IoTやデータなどを活用した健康機器のプロダクトデザインなどを手がける中で「見えないものの価値や関係性を可視化する」力を身につけた。その後、京都市の右京区で家を探しているときにたまたま京北にある築250年の萱葺き古民家と運命的な出会いを果たし、京北への移住を決意。萱葺きを維持するための萱刈り作業や伝統的な家屋との付き合い方が始まる中で、根無し草だった自分に根が生えていったそうだ。
一方の中山さんも、フェイランさんと同様にユニークな経歴の持ち主だ。世界80ヶ国以上を旅した経験を持ち、今では英語や中国語などをはじめ7か国語を操るプロの通訳やガイドとしても活躍する中山さんは、8年前に京北に移住した。
「京北に来る前は東京で築100年の古民家シェアハウスを運営していたのですが、その取り壊しが決まったのです。それまで自分が大事にしていたものが東京の経済原理の中で消えてしまうなか、逆に100年どころか1000年にわたって文化が残っている京都という場所に惹かれたのです。京都に住みたいなと思っていたところ、知人に京北での活性化プロジェクトを勧めてもらい、東京から4人で移住しました。」
もともと大学で国際政治や政治思想などを学んでいた中山さんは、いつの時代も絶えることがない国同士の対立などを前に、人はどのように歴史認識や社会に対するイデオロギーをつくっていくのかという点に興味を持ち、卒業後はピースボートという国際クルーズ船に乗り、同時通訳の仕事をしていた。世界中の環境問題や貧困問題の現場を周るなか、通訳という自分の技を通じてどのようにボーダーを超えた場を作っていけるのかを当時から考えていたという。
また、その後は「風の旅人」という旅雑誌の編集者として編集をしながらシリアやヨルダン、ブータン、パタゴニアといった秘境を訪ね、ツアーを作る体験を積み重ねる中で、京北のように素晴らしい自然や人、受け継がれた技がありつつも、まだあまり知られていない場所の魅力をどのように伝え、プログラムを作っていくかという感覚を養ったそうだ。
フェイランさん、中山さんに共通するのは、自らの中に内部多様性(Intrapersonal Diversity)を備えているという点だ。台湾・日本というルーツに加え、ニュージーランドやカナダ、サンフランシスコなど世界中で経験を積んだフェイランさんと、多国語を操る異文化コミュニケーションのプロとしてグローバルに活躍してきた中山さん。
国境や文化といった様々なボーダーを超え、異なるコミュニティの「あいだ」にいた人材だからこそ、海外と日本、都会と田舎、最新技術と伝統工芸など、異なるもの同士をつなぎ合わせ、編集し、デザインの力で革新的なアウトプットを生み出すことができるのだろう。また、そんな二人が拠点として選んだのが、都市部からも程近く、京都市内ではありながらも日本の原風景が残る、まさに都市と地方の「あいだ」とも言える京北だったという点も興味深い。
「イノベーションは多様性から生まれる」とよく言われるが、多様な人々が交わるには、価値観が異なる人々それぞれの気持ちに寄り添い、ときには上手に翻訳や通訳をしてくれる媒介役の存在が必要だ。多種多様な人々が訪れる京北にとって、ROOTSはまさにそんな存在なのだ。
地域の知恵は、外の視点に出会うことで形式知化される
フェイランさんは、ROOTSの一番優れたポイントは、「翻訳作業をするときに、本質が見える」ことだと話す。
フェイランさん「地域の方々は当たり前に文化の引継ぎをやってきているので、京北の若者は地元には何もないと思っていたりするのですが、そこに海外の学生がやってきて『あれは何ですか?』『これは何ですか?』と聞いてくるので、それを言語化し、説明する過程で、自分たちが引き継いできた文化や技術の本質的な価値が見えてくるのです。」
中山さん「Local Wisdomは本当に暗黙知の世界で、設計図やデータがあるわけではなく、暮らしの中で体が覚えた技みたいな感じなのですね。だから、香港理工大学の建築やエンジニアリングの学生たちがやってきてツリーハウスを作ったときも、『設計図はどこですか?』という話になるのですが、設計図はマイスターの頭の中にあり、FAX2枚で送られてきたラフスケッチしかないわけです。そこで、学生たちは通訳である僕を活用してマイスターの頭の中にあるものを引き出し、最後に形が出来上がった後は彼らが設計図を書くことになります。こうしてマイスターの知恵が形式知としてアーカイブされるのです。」
里山に根付く伝統技術や知恵を次世代につなぐためには、マイスターの頭や身体の中にしかない暗黙知にアクセスし、それらをデータや設計図として形式知化する必要がある。その手段として、海外からやってきた学生と地域のマイスターが協働するプロジェクトをデザインする。これが、ROOTS流の編集術なのだ。
2022年は、台湾の芸術大学から「Regenerative Design(再生型デザイン)」を学びに11名ものインターンシップ学生が京北にやってくるという。彼らにとっては、日本の京都の里山で地域課題解決に取り組んだという作品集が、量産型の製品デザインなどよりもはるかに就職時のブランドになるのだそうだ。学生は京北のマイスターからLocal Wisdomを学び、置き土産としてそれらを形式知化して去っていく。今年はどんなプロジェクトが生まれるのか楽しみだ。
「どうすれば人が山に入るのか?」という問いから生まれたウッドサウナ
ROOTSらしいソーシャルデザインの優れた事例をもう一つ紹介したい。それが、現在進行形で進んでいるウッドサウナの建築プロジェクトだ。みんなで地元の木材を活用したサウナづくりを通じて昔ながらの小屋の建築方法を学ぶこのプロジェクトが始まった背景には、林業の担い手が減り、山が荒れていく中で「どうすれば人は山に入るだろうか?」というフェイランさんの問いがあった。
フェイランさん「サウナという仕組みを用意することで、サウナの薪を取りに行くために山の清掃作業ができるとよいなと。薪がカートリッジになっているようなモデルですね。都会の人は山に入ったことも興味もないかもしれませんが、薪を取りに山に入ってもらうことで山がどれぐらい荒れているのかも分かるし、自分でもできる小さなこととして、山に落ちている木を拾って持って帰ってこれば、サウナを楽しめるわけです。」
高齢化や担い手不足などにより手入れが進まず、荒れてしまった京北の山を再生させるためには、人が山に入る理由を作る必要がある。サウナは、そのための仕組みとして考案された建築物でもあるのだ。ただ山の現状を伝えるだけではなかなか人の心は動かないが、サウナを楽しむという目的をつくることで、自然と皆が山に入るようになる。サウナづくりを通じて山も地域のつながりも再生される、リジェネラティブなデザインだ。
フェイランさん「これはとてもプロダクトデザイナー的な発想です。例えば血圧を測るためには血圧計がいりますよね。同じように、人が山に入っていくためにはどのようなインターフェースが必要かを考えるのです。それが本当に機能するかどうかはこれから実験ですね。」
ともにつくりあげる、ROOTSの未来
最後に、ROOTSとして今後取り組んでいきたいことについても二人に訊いてみた。
中山さん「コロナ禍でなければすでにできていたかもしれませんが、海外の大学や教育機関のサテライトキャンパスを作りたいという思いがあります。里山をそのままキャンパスフィールドとして活用して2、3ヶ月間滞在してもらい、京北の知恵が継承され、学生が地域に貢献できるレベルまでになったら単位が下りるようなイメージです。常に中期滞在で海外の人が来ていて、学びのプログラムが産業の活性化と里山の知恵継承とリンクしている形を作りたいなと。」
フェイランさん「今年はROOTSファーム(農場)をやっていこうと思っていて、大和当帰(ヤマトトウキ)や赤根(アカネ)などを植えられるのではないかと話しています。これまで教育という形では取り組んできたのですが、実際に自分たちのルーツやコンテクストが深まっていくようなものを体現したいなと。それをアンバサダーの人たちと一緒に取り組めるとよいなと思っています。」
また、今後はこうしたプロジェクトを実現していくためにも、都市と里山を連携させ、面白い人たちが京北に来てくれるための装置として、地域通貨の運用も検討しているという。サウナの薪集めやROOTSファームの手伝いなど、都市の人が里山に対してボランタリーな動きをしてくれたときに地域通貨を渡し、その通貨で京北に出てくる割れたトマトなどの「余剰」をシェアするといった仕組みを考えているそうだ。
現在ROOTSでは、こうした新しい仕組みをつくるために、コミュニティ・ドリブンで「余剰」といったお金ではない地域の資本の価値を可視化し、マーケティングやPRなどのオペレーションを担うことができる仲間も探しているそうだ。まだ適切な名前も見当たらない、新しいコミュニティ経済の仕組みづくりに興味があるという人は、一度京北の地を訪れてみてもよいかもしれない。
編集後記
気候危機や社会的分断、ロシアによる軍事侵攻など、世界が喫緊の課題を前に大きく変化を必要としているいま、”Cross the border, Connect with ROOTS”というROOTSのミッションは、よりその意義を増しているように感じる。自分の日常から飛び出し、グローバルやローカルといった様々な文化と出会い、交わることで自らの内側に多様性を育んでいくこと。そして、それぞれの土地に根付く知恵を掘り下げ、そのルーツを辿っていくことで、グローバルに通用する共通言語を見つけること。ROOTSのお二人から、その大事さを教わった。
京北には、人間と自然、人と人、過去と未来、都市と地方、世界と日本など、様々な「あいだ」にイノベーションの種が落ちている。それらを育て、ともに編集し、世界へと広げていく生態系の一部となりたい人は、ぜひ一度、京北を訪れてみて欲しい。きっと素敵な出会いがあるはずだ。
【参照サイト】ROOTS
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※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。
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