環境負荷の計測から始める、創造的なビジネスデザイン:LCAの専門家・実践者と探求する【開催レポ】

環境負荷の計測から始める、創造的なビジネスデザイン:LCAの専門家・実践者と探求する【開催レポ】

製品やサービスの原料調達から製造、輸送、使用、廃棄・リサイクルまでのライフサイクル全体での環境負荷を定量的に計測する、LCA(Life Cycle Assessment:ライフサイクルアセスメント)。近年では、企業や組織の環境対応の一環としてCO2排出量の計測を行う動きが見られるようになってきました。そして、欧州をはじめとした市場では、循環経済の促進を目指してあらゆる製品やサービスの環境負荷を定量的に可視化できるよう、ルールメイキングが進められています。

こうした社会的要請もあり、企業や組織にとって無視できない存在になるであろうLCA。しかし、LCAとは環境評価をするだけの単なる通信簿でしょうか?気候危機に創造力で立ち向かうプロジェクト「Climate Creative」では、私たちを取り巻く環境制約・資源制約に向き合う姿勢こそが、CO2排出の領域にとどまらないさまざまな問題解決に向けたアイデアやイノベーションの源泉になると捉えています。

今回のテーマであるLCAについても、客観的な環境影響評価としてだけではなく、算定プロセスや算出データに基づいたステークホルダーとのコミュニケーションを生み、創造的な姿勢によってビジネスデザインの可能性を広げるものだと考えています。「CO2排出量世界最少のスニーカー」を生み出した株式会社アシックスの担当者をお招きして過去に開催したトークイベントにおいても、LCAはプロダクトデザインの進化を後押しする可能性を秘めているというお話がありました。

今回は、そんなLCAについて考える入門編として、LCAの専門家である一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO)の須永紗希さんと、実践者として、商品開発の一部にLCAの視点を取り入れている三菱鉛筆株式会社の柳飛沙則さんをゲストにお招きし、LCAに取り組む意義や可能性、そして実践者ならではの悩みの乗り越え方についてお話しいただきました。この記事では、第一部での、須永さんと柳さんによるインスピレーショントークと、第二部の座談会・Q&Aセッションの模様をお届けします。

登壇者プロフィール(敬称略)

須永 紗希(すなが・さき)

一般社団法人サステナブル経営推進機構 LCAエキスパートセンター統括室 室長代理。民間コンサルティング企業で環境政策立案支援に携わったのち、2020年に一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO)に入職。以来、ライフサイクルアセスメント(LCA)に関する業務に従事し、国や自治体の政策立案支援や民間企業のLCA支援に携わる。現在はSuMPOが開発、提供するLCAソフトウェアMiLCA(みるか)のチームに所属し、ユーザー支援や開発業務に従事。

柳 飛沙則(やなぎ・ひさのり)

三菱鉛筆株式会社 研究開発センター品川 課長代理。2007年に三菱鉛筆株式会社に入社。以来、筆記具の研究開発や、筆記具技術を用いた新規事業開発を担当。鉛筆や自然素材を活用したペンなどの製品の開発を中心として行う傍ら、サスティナビリティ部門と連携し、製品のカーボンフットプリント(CFP)やScope3算定、環境対応方針の検討などを行う。

そもそもLCAとは?今取り組む意義とは

初めに、一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO)の須永さんより、LCAを行うことの意義や、LCA実践によるメリットなどについて、実際の支援事例などとともにご紹介いただきました。

「そもそも、なぜLCAが必要なのか?ということを説明するために、電気自動車(EV)を例として挙げたいと思います。走行時に温室効果ガスを排出しないEVですが、バッテリーの重量は500-800キログラムと言われています。このバッテリーの原料に使う資源の採掘や車両の重量によるエネルギー効率低減など、ライフサイクル全体ではさまざまな環境負荷が発生します。従来のガソリン車と環境性能を比較するためには、トータルでの環境負荷の計測を経て評価する必要があり、こうした際にLCAの手法が用いられます」
「ライフサイクルアセスメント(LCA)とは」の説明スライド

LCAは「製品ライフサイクル全体を通じた、投入資源・エネルギー、排出する環境負荷物質およびそれらによる地球や生態系への潜在的な環境影響を定量的に評価するための手法(※)」と定義されており、リサイクルのように使用後に再び製造・販売・使用・廃棄に至るケースも含めて評価します。

※LCAが対象とする影響領域は地球温暖化(CO2排出)だけではなく、他にも都市域大気汚染、有害化学物質、オゾン層破壊、生態毒性、酸性化、富栄養化などがある。CO2排出削減のための取り組みの結果、その他の部分で負の影響をもたらさないようにすることが必要。

LCAのプロセスにおいては、「目的と調査範囲の設定」、資源の種別ごとの環境負荷を明細にする「インベントリ分析」、環境影響を評価する「インパクト評価」、そしてデータの解釈という4つのステップがあり、それぞれの評価・分析を反復して行うことで精度を高めていくことが大切だと須永さんは言います。

「廃棄物問題に着目して廃材を活用した製品開発を行うケースでも、実際にLCAを行う中でトータルでは環境負荷が従来品より大きくなってしまうこともあります。ライフサイクル全体の環境負荷を削減するという目的を達成できているか、試行と検証を繰り返していくことが大切です」

一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO) 須永 紗希さん
一般社団法人サステナブル経営推進機構(SuMPO) 須永 紗希さん

LCA自体は1990年代から日本でも始まっていたものの、2020年に当時の菅首相が「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表したことで投融資による後押しが強まったといいます。

「スコープ3やESGへの対応の中でLCAが注目を浴びるようになりましたが、マーケティングにおいて『本当にエコなのか?』を検証する必要が出てきており、その中で国際基準の対応や情報開示に欠かせないLCAが役割を果たしています。グリーンウォッシングへの懸念が高まる中、いわば“お墨付き”がほしい、といったニーズもあります」

「LCAの活用・用途」の説明スライド

LCAの算定データを活かす実践例

次に、須永さんより、SuMPOが携わったLCAの実践事例を2つご紹介いただきました。

「輸送」に特化し、商品デザインの変更でCO2排出量を削減

トイレットロールの製造を行う日本製紙クレシア株式会社の事例では、ライフサイクル全体ではなく、輸送(流通段階)の部分に特化してLCAを実施。トイレットロール一巻きを長尺化することによって積荷の無駄な空きスペースを減らし、「空気を運んでいるようなもの」と呼ばれていた輸送の効率化を図りました。

「長持ちロール」として販売されているこの商品は、輸送の効率化に加え、ユーザー視点では1つのロールで長く使えるというメリットの訴求にも成功しています。須永さんは「どのようなデータを、誰に伝えたいのかを決めた上でLCAを実施することが大事」と訴えました。

【参照サイト】日本製紙クレシア株式会社 ニュースリリース「トイレットロール 12ロールの生産を終了し、「長持ちロール」へ」

資源の「利用」と「リターン」を評価し、ネイチャーポジティブのストーリーの拠り所に

積水化学工業株式会社の事例では、LCAを独自の「SEKISUI環境サステナブルインデックス」の算出に役立てています。「原材料使用量」や「GHG排出量」、「廃棄物量」といったデータに加え、「製品ごとの環境貢献度」「自然環境の保全活動の参加率」といったデータを活用することで自然・社会資本の「利用」と「リターン」の両方を算定。これらを統合して比較することで、利用がリターンを上回る「ネイチャーポジティブ」な状態を可視化しています。CO2排出量に限らない複数領域での算定が、企業が語るストーリーの信頼性を高めている事例といえます。

SEKISUI環境サステナブルインデックス(2022)
積水化学工業株式会社ウェブサイトより

【参照サイト】積水化学工業株式会社 サステナビリティレポート2023

実践者に聞く、LCAとの向き合い方

ここからは、三菱鉛筆株式会社の柳さんより、LCA実践者の“生の声”として、LCA算定のプロセスや実施にあたってのハードル、その乗り越え方についてお話しいただきました。

きっかけは、海外からの問い合わせ

ボールペンなどの筆記具の開発を担当されてきた柳さん。かねてから環境配慮設計には関心があったそうですが、コロナ禍に在宅勤務をしていた時期に個人的に興味を持ってLCAを学び始めたといいます。そんな中、海外のユーザーから三菱鉛筆が扱うボールペンの環境負荷についての問い合わせがあり、それをきっかけに、LCAの算定を始めたそうです。

「ボールペンの環境負荷を減らすために、脱プラや紙パッケージ化、減容化など、さまざまな方法がありますが、何が本当にいいことなのか、改めて考えるきっかけになりました。LCAを環境配慮設計の拠り所として捉えて取り組んでいきました」

三菱鉛筆株式会社 柳 飛沙則さん
三菱鉛筆株式会社 柳 飛沙則さん

バージンプラスチックからリサイクルプラスチックへの切り替えを検討の際、柳さんは、原料の切り替えや省エネ化などの取り組みがいかにコストをかけてでもやるべきことなのかの裏付けのために、地道に定量化の作業を実行。ボールペンの部品・素材ごとに、細かいデータの取得と計算を進めていきました。使用するデータは、原料やエネルギーとしてインプットされる樹脂や電力、そしてアウトプットされる部品や樹脂くずの量。ボールペン1本あたりの量に換算して、排出原単位をかけることでCO2排出量を算定します。

「そこで問題になるのが、原単位としてどのような数値を用いるか、ということでした。サプライヤーがCO2排出量データ(=1次データ)を持っている場合もありますが、そういったケースばかりではありません。1次データがない場合は、国立研究開発法人の産業技術総合研究所(AIST)が提供しているような排出係数データベースを活用することになります。

一つひとつの部品や素材について算定したCO2排出量。柳さんが最初に算定を行った製品では、業務の1-2割の時間を使っておよそ2ヶ月の期間を要したといいます。

リサイクルでむしろ環境負荷が増える?LCA算定プロセスで得た気づきとは

ボールペンのLCAの結果、部品の中でもペンの「軸」の部分が最も環境負荷が高いことが判明したそう。リサイクル素材や排出原単位の小さい樹脂への切り替えが排出量削減において効果が大きいだろうという仮説のもと、製品設計の改善を始めました。

しかし、リサイクル素材を採用することにより、その調達までの選別や洗浄、破砕や排水処理、ペレット化する際のエネルギーといった環境負荷を考慮する必要が生じます。玩具メーカーのレゴが、従来品よりカーボンフットプリントが増加したという理由で廃ペットボトル由来のブロックの計画を断念したように、再生素材の使用によって実際に環境負荷を削減できたかどうかは検証する必要があるのです。

柳さんは、「リサイクルの工程を経ると実は数値が大きくなってしまうのでは?」という疑問を払拭するためにリサイクル素材を用いる場合の検証を行い、バージン素材から作る製品よりも環境負荷が小さくなることを確認しました。

「こうしたLCA算定のプロセスを通じて、必然的にサプライヤーや社内の他の部門とのコミュニケーションが生まれました。その中で、LCAの必要性やCO2排出削減への理解は得られるようになってきたと感じます」
柳さん
一からLCAを学び、苦労の末にLCA算定、そして商品開発に活かす活動を行う柳さん。そんな中、筆記具メーカーによる業界団体である「全日本文具協会」はLCA活用の動きを加速させるべく、経済産業省の「カーボンフットプリント製品別算定ルール策定事業」に参画することが決定しました。環境負荷計測のルールの標準化の動きが進み、LCAに取り組みやすい環境が整っていくことに期待が高まっています。

さらに、今後の展望として、「カーボンフットプリントなどの環境負荷の表示がユーザーへの付加価値につながるのかどうか、コミュニケーションツールとして使用できるのかどうか、模索していきたい」と話しました。

座談会・Q&Aセッション

第二部では、座談会形式で、第一部を受けての感想や、参加者の悩み、そしてゲストのお二人に聞いてみたいことについての共有を行いました。ここでは、参加者からの質問や悩みと、それに対するゲストによる回答をご紹介します。

LCA実践にあたってありがちな失敗とは?

さまざまな企業のLCA算定に関わってきたSuMPOの須永さんは、実践者にありがちな失敗として、以下の2つを挙げました。

  • 時間・コストをかけ過ぎてしまった
  • 算定方法が属人化してしまい、担当者が変わったときにLCA算定プロジェクトが消滅してしまった

このような失敗を防ぐため、まずは「LCAの目的を明らかにし、必要に応じて対象を絞って行うこと」がポイントだと須永さんは言います。

「LCA算定を繰り返すことでより高度な意思決定に利用できるデータが得られることもありますが、そもそも算定の目的が社内できちんと共有されていないままだと、せっかく膨大な時間やコストをかけて算定したLCAのデータもビジネスに活かされないこともあります」

自社内でのデータ活用や、特に改善の余地が大きい領域を特定するホットスポット分析などが目的であれば、できるだけ算定に時間をかけないことが肝になってきます。

また、「すでにあるリソースをうまく活用すること」ももう一つのポイントです。柳さんが関わる文具業界のように、環境負荷計測ルールの標準化を進める動きも出てきていますので、動向をウォッチしておくことが大切です。

LCAに取り組む必要性について、社内で理解を得るには?

そして、多くの参加者から上がっていたキーワードの一つが「社内での仲間づくり」です。実践の最初のハードルは、CO2排出削減に対する温度感のギャップをいかに埋め、取り組む必要性への理解を得られるかにあります。第一部のインスピレーショントークでは、三菱鉛筆の柳さんが「社内で理解は得られるようになってきたが、まだ孤独を感じることがある」と吐露する場面も。それに共感するように、参加者の皆さんからも「孤独感」といった言葉が聞かれました。

これに対し、お二人がポイントとして挙げたのが「外圧の高まり」でした。柳さんは、ユーザーからのニーズや市場での規制の動きなど、外圧の高まりについて社内で伝え続けた結果、徐々に社内での理解も浸透してきたといいます。さらに、「実はLCAに関心があって、関わりたい」というメンバーも現れたそう。取り組みの必要性が社内で既成事実化していくことで、関心のある社員の背中を押すことにもつながりそうです。

また、柳さんが「LCA算定のプロセスを通じて、社内やサプライヤーとのコミュニケーションが生まれた」と話すように、「環境負荷削減」が合言葉となることでLCAの必要性に対する認知や理解を促進できます。「まず一商品だけでもスモールスタートで試してみる」ということもポイントと言えそうです。

須永さんからは、欧州での法規制に関する具体的な動きについてご紹介がありました。

2023年6月に欧州委員会で採択されたESPR(エコデザイン規則)の改正案では、環境配慮型デザインを要求する対象をこれまでの「エネルギー関連製品のみ」から「食品や医薬品などを除く、域内市場のほぼすべての製品」に広げています。

また、同じく欧州委員会で2023年3月に発表された「グリーンクレーム指令案」では、企業によるグリーンウォッシングへの対処として、環境訴求を行う場合に科学的根拠に基づく立証と外部機関による検証を求めることなどを盛り込んでいます。

このような背景から、市場に出回る製品の循環性を高めることと、企業による環境主張(グリーンクレーム)に信頼性を持たせることを目的に、「今後ますますLCAによる環境負荷の可視化・情報提供が必須になってくるのでは」と須永さんは話します。

はじめの一歩をどう踏み出す?

LCAの専門家・実践者であるお二人を前に、「どう仲間を集めればよいか?」「失敗しないためには?」といった声が多く聞かれましたが、お二人からはLCAを推進していく“キーパーソン”の存在が重要というお話がありました。最初の現実的な一歩を踏み出すためのリサーチやコミュニケーションをしつつ、キーパーソンには「環境規制への対応の先」を見据えた捉え方が求められます。

須永さんが「環境規制への対応としてではなく、あくまでもこうした状況を『制約』と捉え、その制約の中でいかによい製品を作るのかというマインドで、長期的な視点を持って取り組んでいくべきではないでしょうか」と話すように、LCAはプロダクトづくりやマーケティング、顧客接点作りの起点になってくるものでもあります。

まずは可視化、そしてビジネスリデザインというステップがありますが、このサイクルの繰り返しによって、製品やサービスの環境面での持続可能性と事業性の双方を高めていくことができるのではないでしょうか。

Climate Creativeでは、LCAに基づくサービスデザインワークショップや、循環型のビジネスモデルを考案するワークショップなど、脱炭素をクリエイティブに実現するためのデザインプログラムをご用意しています。今後も役立つ情報の発信やイベントプログラムの開催をしていきますので、ぜひご注目ください。

【関連ページ】共創型デザインプログラム「Climate Creative Co-Creation」
【関連ページ】「Climate Creative」特設ページ(IDEAS FOR GOOD)
【関連ページ】IDEAS FOR GOODイベントページ(Peatix)

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